ギミック -恋に落ちる3秒前-(4)
授業を終えて家まで帰る帰り道。
ふと、あることに気が付がついて歩く足を止めた。
「…ご飯、どうするんだろう」
腕についた時計で時刻を確認すると、現在午後3時。
当たり前ではあるけれど、社会人がこの時間に帰っているわけがない。まぁあの人が何の仕事をしてるかなんて全く知らないんだけど。そんなパーソナルデータ聞いてもないし。しかし、パートさんでもあるまいし、公務員であっても定時までは仕事場に当然いる。
…ということは、だ。
「‥必然的にご飯は私が作らなきゃだめなパターン?」
え、やだ。そんなのやだ。
菜月さんのご飯、超絶うまいもん。あんなの食べた後に自分の料理なんか食べられない。
でも現実問題、私は菜月さんの帰宅時間を知らない。=自分で作らなきゃ飯は当たり前だけどない。
菜月さんに連絡…!……あ、連絡先知らない。オーマイガッ!
ぇえ…作りたくないー、あんな味知っちゃったあとで自分で作るの抵抗あるー!
「ぐぅ」
道の真ん中で一人で考えていたら、3時のおやつがほしいのか、私のお腹は鳴った。その拍子抜けするような音を聞いてため息をこぼした私は、仕方なしにスーパーへと向かうため進路を変更した。
「あら、真宙ちゃんじゃない」
「‥あ、こんにちは」
精肉コーナーを見ていた私に声をかけたのは、近所に住むクリーニング屋さんの奥さんだった。いつもスーツとかをクリーニングに出しているため、すごくすっごくお世話になっている人だ。そしてこのスーパーの常連。たまに時間が合えばこうやって出くわす。
「最近見ないから主人と元気かなって話してたのよ」
「あ、最近スーツ着ることなくって」
「あらそうなの?」
そしてこの奥さんは井戸端会議と言われるものが大がつくほど好きなのだ。
1度捕まればなかなか解放してはくれない。
正直厄介な人に見つかってしまったと内心ため息だ。
「そういえば、今朝ものすっごいイケメンを見たのよ!」
「へぇ‥イケメン、ですか」
「そうなのよ!爽やかそうな黒髪に長身でね!スーツがすっごく似合ってたのよ~」
爽やかそうな長身の黒髪イケメン…。まさか、そんなまさか、だよねー?
「もううちの息子とは月とすっぽんってくらいのイケメンだったわ!朝に挨拶したらね、昨日こちらに来たばっかりなんですって!真宙ちゃんよりは年上みたいだったけどいい男だったわよ~!」
あー、うん、あいつだ。間違いなく、あいつだ。
こんな40過ぎのおばさんまで虜にしちゃうってどんだけよ。イケメン恐るべし。おばさん興奮気味じゃない。これ、そのうちイケメンがいるって有名になっちゃうよ。おばさんこういう話好きだから。
「そうなんですか~。知らなかったです~」
必殺・知らぬふり。
別に隠す必要ないんだけど、念には念をってやつ。おばさん口軽いから。
「ほんっとうにいい男だったのよ~!おばさんがあと20は若かったらあれは狙ってたわ~」
あと20って結構だし。しかもおばさんって意外にも肉食系だったんだね。知らなかったー知りたくなかったー。
「おばさんが仲介になってあげるから、真宙ちゃんもご挨拶しなさいよ!あんな色男なかなかいないわよ」
今朝知り合ったばっか、しかも挨拶かわしたぐらいで、仲介人になって紹介するってどんだけ厚かましいの!
「いや、私今は‥」
「いいじゃない!出会いなんでそうそうあるものじゃないもの!それもあんなイケメンよ!絶対ゲットするべきだわ~」
奴はポケモンかなんかか。ゲットって。
「真宙ちゃん彼氏もいないんでしょう?」
「いやまぁいませんけど‥」
ていうか必要ないし‥とはおばさんの前では言わないが。
おばさんはなんでかよくわからないけれど、私に今朝見たイケメン(おそらく菜月さん)をやたらとゴリ押ししてくる。私はそれを愛想笑いで返しながら、ばれないように小さなため息をついた。
「母さん!いつまでそうしてるの!?」
「あら、一華じゃない」
私がここをどうやって切り抜けようかと悩んでいた時だった。助け舟を出すかのように現れたのは、おばさんの子どもで長女の一華さんだった。
一華さんはもう結婚してるんだけど、親のことが心配だからって旦那さんとこっちに引っ越してきたんだって聞いた。
「いつまで経っても帰ってこないからもしかしたらと思って来てみたら!真宙ちゃんが困ってるじゃない!」
一華さんはそう言うと、ごめんね?と謝ってくれた。
「あ、そうだ!一華!昨日ものすごいイケメンが引っ越してきたのよ!」
またその話。…私もうここから離れていいかなぁ?
「あら、本当?じゃあもしかしたら帰宅にまた家の前通るかもしれないわね!母さん早く帰らないと!」
一華さんの言葉におばさんは慌ててレジの方へとかけていく。その後ろ姿を見送った一華さんは大きなため息をこぼした。
「扱いなれてますね」
もう拍手ものです!カンゲキです!すっごく、すーーーーごく助かりましたっ!
「ごめんね?母さんいつもあれだから大変でしょ?」
「‥まぁ否定はしませんけど…でもあれはあれで楽しいですよ?元気づけられるし」
「そう言ってくれると助かるわ。じゃあ私もう行くね。たまには顔出してよ。父さんも会いたがってるわ」
「そうですね。また行かせてもらいます」
何しにだよ、という心のつっこみは置いといて、私は手をふる一華さんに同じように手を振りかえした。
一華さんの姿が見えなくなってから、自分が持っている買い物かごの中身を見てため息。
…空っぽ。
晩ご飯どーしよっか‥。