プレゼンス -君がそばにいること-(6)
***chiaki side************************
はい、と、真宙にプリントを渡してから1時間が経った。
真宙は集中して問題を解くためか、イヤホンで音楽を聴きながら解いていた。
真宙がさっき作ってくれたおやつはすでに底を尽きかけている。
「もう。せっかく真宙さんと喋ってたのに。なんで邪魔するかな」
灘本たちはそう言って俺にブーイングを送る。
「どうせせっもっちゃんが教えてもらってるのが気に入らなかったんでしょ」
そう言ったのは、今俺が数学を教えている岡村だった。
にやりと口角をあげた岡村は問題集から顔をあげると俺をじっと見た。
「でもさ、なっちゃんより若いよね、真宙さんっていくつなの?」
真宙が音楽を聴いてて聞こえないことをいいことに、五十嵐は身を乗り出して聞いてきた。
その目は興味津々とばかりにキラキラしている。
「‥数学の問題にもそれくらいの意欲を出してほしいよ」
「それはそれ。これはこれ」
「でも実際問題けっこう気になってるでしょ、みんなも」
おかちの言葉に、周りは首を縦に振った。
どうやら勉強会はいったん休憩らしい。
「…俺より7つ下だから…‥21か」
「「「「「21!?」」」」」
「お前ら声でけぇ」
声が揃うと思ってなかったらしく、みんなが口元を思わず抑えてちらちらと真宙を見た。
金色に近いパーマのあたったショートヘアに控えめな化粧。
年相応と言われればそうかもしれないが、ショートヘアのせいか本人の性格のせいか幾分か年下にも見える。
「つーか俺らのが年近いじゃん」
瀬本がマジか‥と物理の参考書を閉じて、俺と真宙を交互に見た。
「俺らの7つ下っていくつよ?‥11歳?小5!?うわ、犯罪じゃん」
岡村がワーワーと一人でうるさく盛り上がっている。
それに五十嵐がうるさいと叱責し、俺を見てきた。
「どこであんないい女捕まえたのよ」
「真宙さんみたいな人がその辺に落ちてるわけないしね」
五十嵐と市川は俺をまじまじと見ながら答えを求める。
「落ちてたんだから仕方ないだろ」
実際に人のもんでもなかったし。
「つーか受験生に色恋沙汰は無縁だろうが。そんな話は受かってからにしろ」
俺はそれだけ言うと、空になったマグカップにコーヒーを入れるために立ち上がった。
それを怪しそうに見る生徒たちの視線を背中に浴びながら、サーバーからブラックのコーヒーを注ぐ。
と、こちらを見る真宙と目が合った。
真宙は右耳からイヤホンを外すと、ぐいっと自分のマグカップを俺の方に差し出した。
「いつもより甘めで」
「はいはい」
そうとう頭を使っているのか、どうやら糖分を欲しているらしい。
もう一度真宙を見ると、すでに右耳にはイヤホンがささっているようで、黙々と問題とにらめっこしていた。
そんな真宙を見てから、いつもより少しだけ甘めのコーヒーを淹れて、真宙のコーヒーの定位置に置いて元いた場所に戻った。
「ていうかなっちゃんも鬼だよね。あれをちょっと妬いたからって真宙さんに解かすなんてさ」
おかちはじとーっと俺を見て言う。
俺はそれを鼻で笑って返した。
「真宙が解けない問題はないって言うからだろ」
世の中そんなに甘くないってことを教えてやらねば、とそれらしいことを返せば、生徒たちにため息をつかれた。
「でも理系女子って羨ましいよね」
「そういういっちーも理系女子だろ」
市川は羨ましそうに真宙を見るが、岡村の言うとおり市川も理系女子だ。
確かにさっきの真宙みたいに解けない問題はないと言い切れるほど理系科目が突出してるわけでもないが、それでも中の上の成績をキープし続けてるはずだ。
「だぁってさー、私あんな問題出されたらすぐに白旗振っちゃうわよ」
「‥いやあんな問題出されたら大抵の奴は白旗振るって」
灘本は苦笑交じりに言って、市川の言葉をやんわりフォローする。
「だいたいそんなこと言いだしたらおかちはどうなるんだよ」
「あ、忘れてた。おかち理系科目、絶望的だったね」
「うっせぇ!ここにいる誰より文系教科はできらぁ!」
「まぁトータルで言えば馨のが上だけどね」
岡村の言うとおり、ここにいる誰よりも文系教科はできるが、その…まぁ、あれだ。
理系科目は酷い。
生物の先生なんか、この前頭抱えてた。
なんで同じ暗記科目の社会は出来るのに、生物はこんなにも点数が悪いんだって。
「馨とか南原さんみたいにオールマイティに出来るのが一番よねー」
ふぅ、と落ち着くとこに落ち着いた会話の合間にため息をついた生徒たちは、各々が持ってきた飲み物を口へと運んだ。
「そういえば南原、志望大学変更したんだってな?」
「え‥あ、はい」
担任の先生がこの前職員室でぼやいていたことを思い出して聞いてみた。
俺に話を振られた南原はどことなく頬を赤らめていた。
「その‥八城教育大学にしとうかと、」
「八教?お前先生になりたいの?」
「まぁ‥そんな感じです」
曖昧に返した南原はぎゅっと手にしていたシャーペンを握った。
八城教育大学とは俺の母校だ。
でも確か俺の記憶が正しければ、南原はふつうの国公立の大学を目指していたはずだ。
……いや、まさか‥なぁ?
俺の思い違い、だよなぁ?
「なん、」
「でーきたーっ!」
俺が南原に聞こうとした言葉にかぶさって聞こえてきたのは、嬉々とした真宙の大きな声だった。




