俺は笑った
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「守。私のこと忘れて」
携帯電話の通話向こう先彼女は涙ながらに言い放ちそのまま通話を切ってしまう。
俺はそんな唐突な一言に頭が真っ白になり、そして病院へコールした。
けれど。
「すいません」
・・・拒否しておりますので・・・・・・。
と、受付の看護士に断りの電話を貰い再び携帯電話の通話が切れる。
「な、なんだよ。お前を忘れることなんてできるわけ・・・・」
ないだろう!!
俺は暴れだすような勢いで階段を下り靴を無造作に履き玄関のドアを開けた。真冬の最中、薄着、であった俺だったが今現在そんなことさえ忘れ彼女が入院している病院へ、走っていく。
そんな最中。
俺は笑った。
1
私はもうすぐ死ぬ。
不治の病。
「守。私のこと忘れて」
病院に置かれている公衆電話から発した涙声の私。そんな出来事にきっと、守、は絶句しているに違いない。
ごめんね、本当にごめん。
でも、私、貴方のことが本当に好き。だから、私なんかに構って貴方が生きている時間を無駄にしてほしくない。たった二年の付き合いだったけれど、でも私はもう何十年の愛を貰った気がする。そんな、守、に私の最後を見届けてほしくない。
死ぬ姿を見ててほしくない。
「・・・・・・ごめんね。守」
私は病室に戻りそしてベットに入った。
「愛、大丈夫?」
私の母はベットの横に座って心配そうに言う。
「うん。大丈夫だよ」
私が必死に堪えている涙目に母は気付いたのだろう。そっと、横に存在する机にハンカチを置いた。
でも、私はそんなやさしい母の気遣いも堪えて涙を流さなかった。
けれど。
結局は入って来た看護士の一言で泣いてしまった。
「・・・・愛さん、あのタチバナさんっていう人から電話が掛かってきているんですが・・・・」
看護士が言う言葉に私は感情が溢れるように泣いてしまった。
「・・・ッ・・ッ・・・す、いません。断って・・・・・」
ぼろぼろ流れる涙。
そんな私の姿に看護士は察して、頷き、病室から去っていた
「愛・・・・」
母はゆっくりと二個目のハンカチを差し出した。
守。私、死にたくないよ。
2
「すいません。・・・・面会は相手の方が断っています」
「な、なんで? タチバナ、マモル、ですよ」
「・・・・・・ええ。タチバナさんだと相手の方に言っております。ですが、相手は断っています」
「ふ、ふざけるな! 俺はタチバナ マモルだぞ」
「だから、だめなんです」
俺は落胆した。
何故だ。どうしてだ。こんなに、心配にしているのに、どうして愛は会ってくれない。
「なんでだ! もう一度言う。俺はタチバナ マモル。愛の彼氏だ!!」
「・・・・・・病院で大声ださないでください。これいじょう、騒ぐようでしたら、警察、を・・・・」
警察。それはまずい。
くそ、なんでだよ。愛。
俺はお前のことを心配しているのに、なんでだ。
「あの」
ん?
「タチバナ マモルさん?」
隣いた四十そこらの女性は俺に問いかけた。
誰だ? 会ったことがない
俺は怪訝そうに顔を向けた。
「あっ、すいません。私、愛の母親です」
「・・・・あ、いの母親」
「ええ、そうです」
そして、俺は愛の母親と一緒に病室まで歩いて向かった。
3
私は机に置かれているテレビを見る。
「・・・・・・」
有名なお笑い芸人さんが面白いこと言う。
ちょっと心が晴れる。
そういえば、守もお笑い芸人目指すとか冗談で言っていたっけ。・・・・ああ、駄目じゃん私。なに、思い出してんの。もう、守のことは忘れるんだ。
「・・・でもやっぱり、忘れらないよ」
つぶやいた私はテレビチャンネルを変えた。
すると。
お昼のニュース番組に辿り着いた。
4
「・・・・昨日の午後六時頃。ドラム缶から、バラバラ死体、が見つりました」
5
「愛は貴方のことをよく話していたんですよ」
・・・・・・。
「そうですか」
三階に位置する病室まで歩く俺と愛の母親。
無理やり笑顔で話す母親に少しばかり俺の心に響く。
「もう、私に立ち入れる隙がありませんね」
「はッは。てれますね」
愛想笑いを浮かべて、俺は母親の話に合わす。
一刻も愛に会いたい。
愛、愛愛愛愛。
「・・・・・・昨日、愛と何、喋ったんですか?」
?
「いや、すいません。唐突に貴方と愛の喋った内容を聞く真似をしてしまって、でも、昨日愛泣いていたんです」
「・・・・・・・」
「本当に大泣きでした」
「・・・・そうですか」
俺と愛の母親は三階の階段に差し掛かる。
「昨日、愛に別れようって告げられたんです」
「え」
俺は悲しそうな顔で言った。
驚いた顔で見る母親。
そして母親から発しられる愛の思いを聞く。
「・・・・・・昨日、貴方が来ても案内しないでくださいって看護士に言ってたんですよ。多分無理やり、あの子なりに貴方のことを断ち切ろうとしてたんだと思います」
階段を上りきった愛の母親はまだ階段に取り残されている俺に唐突に頭を下げる。
・・・・・・。
「そんな、お母さん。頭を上げてください」
ああ。だからか、だから看護士は愛の病室に行くそぶりも電話をかけるそぶりもなかったのか。
納得だ。
「お母さん。さあ、歩きましょう」
「ごめんなさい。でも、愛のしたことは許してあげてください」
「許すもなにも、愛のことをそんなことで嫌ったりしませんよ」
俺は笑みを零して本心を言う。
そして。愛の母親はようやく歩きだす。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言の間。
そして。
病室の前。愛の母親は言う。
「ストーカー被害のとき貴方が必死に助けてくれたって、愛は喜んでいました。だから、愛、をもう一度喜ばせたあげてくださいね」
6
「あれ? お母さん帰ったはずじゃないの?」
私は帰ったはずの母を見る。
「愛。実はタチバナさんと偶然会って・・・・」
タチバナ・・・・それって。
嘘。
「じゃあ」
「そうなの、愛。・・・・・タチバナさん」
「嘘、嘘。守。そんな、私」
私の目から涙が零れる。
でも。病室に入ってきた守は・・・・。
「愛」
守ではなかった。
「・・・・えっ」
嫌あ、あああああああああああああああああああああああああああああ。
病院内で響く私の声。
「どうしたんだ。愛、俺はタチバナ 守、だよ」
愛。
愛。
私の名前を連呼するストーカーの、右手、には果物ナイフがあった。
7
「ニュースです」
昨日の午前七時頃、ドラム缶に放置にされバラバラの死体として発見された身元不明の身元が判明しました。
名前は。
「タチバナ マモルさんです」
8
俺は果物ナイフで自分の首を突き刺した。
飛び出る血。
血だらけの病室。
俺は静かに。
静かに。
「俺は笑った」