仲間達
医務室を出るとすぐ左に階段があり、そこを上ると甲板に出た。真っ青な空にカモメらしき鳥が飛んでいる。ザザーンと波の音が絶え間なく聞こえ、ここが海上であることを改めて実感した。
と、3人の女性がこちらに近づいてきた。
「船長、彼がショウくんですかい?」
「へー、彼が噂の?」
「不思議な能力を使うそうですわね」
最初にアンに話しかけてきた女性は腰に、次に喋った女性は両足、3番目の女性は背中に、それぞれ形の異なる翼を持っていた。彼女らは有翼種なのだろう。
「紹介しよう。腰に翼を持っているのがネーヴェ・アルカトラス。白鳥の有翼種で、この船の副船長でもある」
紹介されたネーヴェという女性は、軽く手を振ってきた。
「よろしくー、ショウ君。私のことはネーさんと呼んでくれ。みんなそう呼んでるからね」
活発そうな女性だ。まさに姉御肌で、副船長にピッタリの性格にみえる。呼び方はネーヴェのネーと姉さんのダブルミーニングだろう。身長は俺よりも少し高く、腰に生えた大きく白い翼と、ライオンのたてがみのようなベージュ色の髪が目立つ。
「じゃ、次は私ね! 私はスワロ・ピッキネーゼ。翼が長くて少し青みがかかっているけど、たぶん燕だと思うわ」
元気よく自己紹介したのは、両足に翼を持つ女性。彼女の言う通り、その翼は付け根あたりが少し青っぽく、そして長い鎌のような形状をしていることから、普通の燕ではないように思える。
彼女は小柄な女性で、頭の高さは俺の肩くらい。翼と同じく青みがかかった黒い髪で、おかっぱにしている。
ところで、さっきからスワロはずっとぴょんぴょん飛び跳ねていてなんだか落ち着きがない。
「スワロ……は、なんでずっと飛び跳ねてるんだ?」
尋ねてみると、こんな答えが返ってきた。
「特に理由はないわ」
まーあれか、貧乏揺すりと同じようなものなんだろうか。……とりあえずそういうことにしておこう。
「彼女はとてもスピードが速いのだ」
アンが教えてくる。足が、と言わないことから、おそらく飛行中も含めるのだろうと考えられる。
「あたし、この船に乗ってる誰よりも速いんだ」
と、スワロは自慢気に平たい胸を張った。
通常の燕よりも長く、青みがかかった翼。誰よりも速いスピード。これらから、俺は彼女の鳥の種類が分かった。彼女はハリオアマツバメだ。
ハリオアマツバメ────水平飛行は世界最速と言われる鳥。なんと時速350kmも出る、と火星でゴキブリと闘う漫画で言っていたから覚えていた。ちなみにハリオアマツバメを含むアマツバメ類とツバメ類は生物学的には遠縁らしい。
しかしわからない、ということは、この世界にはハリオアマツバメは存在しないのか? それとも、発見されていないだけなのか。まあ、どっちでもいいか。
「で、そっちのお嬢様っぽいのは……」
俺がその隣、背中に茶色っぽい翼を持ちお嬢様のように綺麗な立ち方をしている女性を見ると、彼女は深くお辞儀して自己紹介する。
「わたくしはペルル・フェラーラ。ハヤブサの有翼種ですわ」
長い茶色髪を後ろで一本に纏めた髪型の彼女は、とても礼儀正しく、慎ましさを感じる女性だった。ついでに胸のサイズも慎ましいのだが、これは蛇足だな。
「そっかそっか。ネーさん、スワロ、ペルル、よろしくな」
俺がそれぞれと握手していると、アンが言った。
「有翼種はこの船にもう1人いるのだが、彼女は梟だから夜行性でな。今は寝ているのだ」
ふーん、もう1人いるのか。夜に会うのが楽しみだな。
俺はまだ見ぬ梟の有翼種に想いを馳せた。
■ ■ ■ ■
「では次に、水棲種の2人を紹介しよう」
そう言ってアンは甲板の端の方へと向かう。そこには木製のクレーンのようなものがあった。アンはそこからワイヤーで吊るされているリフトに乗る。
「ショウも乗ってくれ。2人は海の中にいるのだ」
言われた通りリフトに乗ると、アンがクレーンのところに来たネーヴェに合図する。ネーヴェはクレーンに付いたリールのようなものを巻き始めた。すると巻かれていたワイヤーが伸び始め、俺達の乗ったリフトがゆっくりと下降し始めた。
そして海上すれすれで止まると、アンが水面に向かって叫んだ。
「シーラ! フラン! 上がってきてくれ!」
と、下の方からぽこぽこと泡が立ち、影が見えた。水棲種だ。ほどなくして2人の水棲種がぷはぁっと顔を出した。
「あ、せんちょが男の人と一緒にいるー! ねぇねぇ彼氏?」
金髪で幼い顔立ちの水棲種が板に手をかけて言った。
「ち、ちがう! 彼はショウ、私の────……私の、何だろうか?」
唐突に俺に振ってきた。いや、何だろうかって言われても。
「友達、とかでいいんじゃないのか?」
適当に答えると、アンは気のせいか少しだけ嬉しそうになった。ときどきこいつはわからなくなるときがあるな。
金髪の娘は無邪気な笑顔で自己紹介する。
「ふーん。あたしシーラ・ヴェネット。よろしくね、ショウちん」
ちんって付けられたよ、ちんって。名前の後にちんって付ける人、キセキの世代のあの人と某海賊漫画の人魚以外で初めて見た。あ、シーラも人魚だな。つーか現実にいるんだな……。ああ、これはゲームだったか。
「よかったな、ショウ。彼女が名前の後にちんと付けるのは気に入られた証拠だぞ」
俺まだ全然喋ってないよ? どこ見て気に入ったのさ。
この世界に来てからというもの、アンやその仲間からは妙に気に入られ、信頼されている気がする。ギャルゲーで例えると、最初から好感度MAX状態のヒロイン達と接している気分だ。
「そうなのか。よろしく、シーラ。で、そっちは……」
俺はもう1人の水棲種の方に目を向ける。
「私はフラン・リヴォルノ。よろしく」
非常に簡潔な挨拶をされて、少し反応に困った。
「あ、ああ、よろしく」
とりあえず無難な返事をしておく。フランは藍色の長い髪を下ろして海に浸している。その先の近く、海面に島を作っている胸元は貝殻で隠しているだけなので、目のやり場に困った。
「ショウとやら、出会って早々胸を凝視するのはいかがなものかと思うぞ。私は特に気にしないが」
俺の視線に気付いたのか、フランが注意してきた。
「あっ、えっと、ごめん」
見ちゃいけないと思ってもつい目が惹かれるもんなんだよ。これが万乳引力というものですか、乳トン先生。というか気にしないのかよと心の中でツッコみ、さっと目線をそらした。
ふと横を見ると、アンがむっと眉をひそめていた。
「何で怒ってるんだよ?」
「何でもないっ!」
尋ねても、さらに機嫌が悪くなるだけである。本当によくわからない。
そうして俺たちは2人に手を振り、ワイヤーの巻き上がる音を聞きながら甲板の上に戻るのだった。