世の理
「では、まずは『世の理』とはどういうものかを説明しよう」
アンはベッドの端に腰掛けると、説明を始めた。
「『世の理』とは、どこの誰が呼び始めたものかわからないが、その名のとおりこの世界における真理の一部を総称して呼ばれるものだ。この『世の理』は、どの種族どの学校でも必ず入学後すぐに教えることを世界政府によって義務付けられている。つまり、この世界に生きるほぼ全ての人間が知っている────いわば常識のことだな。……ここまではわかるか?」
一旦説明を止め、俺に理解できたか確認をしてくる。この時点で、アンは教え方が上手いな、とすぐにわかった。
「大丈夫だ。……いや、1つ質問してもいいか?」
「いいぞ、なんだ?」
「その話だと、学校に行かなかった、もしくは行けなかった人は教わらないってことか? だったら知らない人がいてもおかしくないと思うんだが……」
さっきアンは、知らないなどあり得ないというような感じだった。しかし、学校で習うものだというのなら、知らない人も出てくるのではないだろうか。これでは説明がつかない。
「学校に行かない人……? そんな人は存在しないと思うが」
俺の質問に対し、アンはそう答えた。
「金が払えなくて行けない人とか、家を手伝わなくちゃいけないから行けないとか、そんな人もいないのか?」
元の世界の、貧困な国や地域のことを想像しながら俺は尋ねる。
「金……? 学校に行くのに金は要らないぞ? それに、どんな理由があっても学校には絶対に行かなければならないと義務付けられている」
どんな理由があっても?
「じゃあ、もし行かなかったら、どうなるのか?」
「別にどうなる訳でもないが……。行かないなどという発想がそもそも出なかったな。……よく考えると、どうしてなのだろうか……?」
アンはブツブツと呟き始めた。行かないという発想がそもそも出ない? この世界に住むすべての人間の思考パターンにプログラムされていない、ということか? 何のために?
常識を全種族で固定するため、というのが最有力……てか、それしか思い浮かばない。
「わかった。話を続けてくれ」
アンも分からないということはいくら考えても答えの出ない問題だ。そんなものを考えるより、話の続きを聞いたほうが有意義である。
「そうか。では、内容に入っていこう。『世の理』に含まれる内容の一つ、種族と魔法についてだ。まずは種族。この世界には全部で10種族ある。獣人種、吸血種、水棲種、人類種、有翼種、巨人種、精霊種、小人種、龍人種、虫人種。種族ごとの説明はおいおいやっていこう。
次に魔法。これは生物が体内に持つ『魔法回廊』という器官で生成される魔力を使い、通常ではありえない力を生み出すことをいう。ただ、この『魔法回廊』という器官を、人類種、小人種、巨人種は持っていない。つまり、この3種族は魔法を一切使用出来ないというわけだ」
ほう、人類、小人、巨人は使えないのか。魔法の世界で魔法使えないとか、どうやってこの世界で3種族は生き残ってきたのだろうか。巨人はパワーありそうだし、小人は小さいからいろいろとできそうだが、人類にはこれといった特徴ないだろう。闘いになったらまず間違いなく絶滅する種だと思うぞ。 不思議だ。
と、まあこの疑問は一旦置いといて、続きを聞こう。
「その他の7種族は、それぞれ得意魔法がある。例えば、サラのような獣人種は主に医療魔法を得意とする種族だ。そして第六感が他の種よりも発達しているため、他人の心を少しではあるが読むことができる。その精度・程度には個体差があるがな。極稀ではあるが、完璧に心を読む個体も確認されたことがあるらしい。ちなみに、サラは一度に読むことができる量は少ないが、その精度は非常に正確だ」
俺はサラを見やると、素直な感想を口にした。
「へぇー、お前、すごいんだな」
するとサラは赤らめた顔を長い袖で隠し、
「褒めても何も出ねぇぞ……ですっ」
ピクピクと動く猫耳。ふるふるふるっと動きを増す尻尾。
かわいいなあー。
「ゴホン、では、次の種族を説明しよう」
俺がサラを眺めていると、アンがわざとらしく咳払いをし、説明を続けた。
「水棲種。上半身が人、下半身が魚の種族だ。水棲種には男性の個体がほとんど生まれず、大半が女性なのだそうだ。その名の通り、水魔法を最も得意とする種族である」
人魚族か。素晴らしい種族じゃないか。いつか会ってみたいな。
「では、次に有翼種。鳥の翼を持つ種族で、鳥の種類、そして翼が生える部位は個体によって異なる。また、自らが持つ鳥の能力も使えるらしい。魔力量は全種族中2位で、どの個体も強大な魔力量を持っている。得意魔法は身体能力強化魔法だ。
そして、今説明した4種族、人類種、獣人種、水棲種、有翼種は個体数上位4種族で、これらはまとめて四大種族と呼ばれている」
そして、次に彼女が言った言葉に俺は感激した。
「ちなみに、この船には四大種族が揃っているぞ」
「すぐに会いに行こうッ!」
ほぼ反射的にアンの手を握りしめ、俺は大声を張り上げていた。まさに超反応である。こけしの試練のときの高畑瞬ばりの超反応だったかもしれない。
「そ、そう慌てるなっ。も、もとより全員に会わせてやるつもりだったのだからなっ」
アンは顔を赤くしてそう言った。なんか、アンのほうが慌ててません?
俺が手を離すと、アンはまた咳払いをし、振り返ってドアのほうに歩いていく。
「今から会わせよう。私についてこい」
俺は期待に胸を膨らませ、彼女を追った。