Status
おかしい。このゲームはおかしすぎる。
大男を倒してもレベルは上がらず、経験値も無く、いつまで経っても死体が消えない。R18――いや、発売禁止になるくらいリアルすぎる。
なんなんだ、このゲームは。
「さっきからガタガタうるせぇと思ったら、ガキが侵入してんじゃねぇか」
突然、バン、とドアが開き、片目に大きな傷を付けた男が入ってきた。その後ろには5人の手下らしき人達を連れている。
さっき殺した奴とは違い、無駄な筋肉は無さそうで、身長は180㎝くらいだろうか(目算だから細かくは分からない)、赤いロングコートのようなものを袖を通さずに羽織り、頭には海賊のような帽子を被っている。そして、腰には長いサーベルを差している。
海賊のコスプレか? と一瞬思ったが、すぐにアンの言葉を思い出した。
『ここはキャラコ・ジャックの海賊船の中だ』
――そうだった。ここは本物の海賊船の中だ。
「おい、ガキ」
男は死体を一瞥したあと俺に視線を向け、質問する。
「テメェ、どうやってここに入った?」
あまりに凄みの利いた声に、数々の戦場をくぐり抜けてきたような威圧感。
――こいつは本物だ。
バーチャルゲームにダイブしているときに、たまにこういう奴に出会う。強者のオーラというか、瘴気のようなものが感じられるのだ。
いつのまにか震えていた足を押さえ、俺は正直に答えた。
「さあな。気が付いたらここにいた」
すると男の眼光が鋭くなった。
――ふざけてると思われたか?
あまり神経を逆なでしてしまったらすぐに殺されてしまう。
だが、それは杞憂だったのか。
男はゆっくりと階段を下りてきて、俺の前に立つ。
「そうか、そりゃとんだ災難だったな。同情するぜ」
セリフはそうでもないけど声が恐い。それより、信じられたことに心底驚いた。
そういえば、さっきアンに『魔法だ』と言ったときも信じられかけた。あのとき、『なぜ人類種が……』と言っていたことから推測すると、この世界には人以外の種族が存在し、そいつらは魔法が使えるようだ。
「まあ――」
男が口を開く。
「この船に侵入した罪は消えねぇけどな」
腰からサーベルを抜き、俺の顔面に向けて突く――――!
瞬間、時が止まった。
メニュー画面を発動したのだ。青色に染まった視界には、2つの五角形が浮かんでいる。
――そういえば、ステータスに何か変化はあるのか?
ふと、疑問に思った。レベルUPの音楽は鳴らなくても、実はレベル上がってました的な展開があってほしい。そんな希望を捨てられなかったから、なんとなく見てみようと思ったのだ。
俺は2つのうち左側、Statusと書かれた五角形をタッチする。
キュイン!
そんな音と同時にステータス画面が現れた。
ショウ ♂
17歳
職業:高校生
装備:短刀
Lv:32
うおおおおおおおおおっ! レベル表示されてる! よっしゃああっ!!
あまりの嬉しさにテンションが上がりまくっていた。
それにしても、レベル32とは。たぶん表示されていないときがレベル1だったんだろ? あのデカブツだけでこんなに上がったのか?
そして、落ち着いて周りを見回すと、もう1つ発見があった。
俺以外の頭の上には彼らのステータスも表示されているのだ。
船長らしき人物の頭上に表れているステータスは、これだ。
キャラコ・ジャック ♂
27歳
職業:海賊 船長
装備:ロングサーベル
Lv:126
レベル半端ない。強すぎるよこいつ。
ちなみに後ろに連れていた奴らは右から25、24、26、28、24だった。
そういえば、アンは――?
アンのほうを見る。
アン・ボニー ♀
19歳
職業:海賊 船長
装備:小型拳銃
Lv:252
――――ッ!? アンも海賊で、それも船長だと!? レベルもあいつよりはるかに上で……。
アンは一体何者なんだ? 何が目的で、捕まったフリをしていたんだ?
フリをしていた、と過去形なのは、今彼女は縄から完全に脱出し、装備に表示されている銃を持って立ち上がっているからである。
――目的やレベルのことは、あとで訊くことにして、今はジャックというこの男を倒すことだけに専念しよう。
考える。あいつの突きを避け、そのあとは――――。
やはり、あの大男のように後ろから? いや、後ろには下っ端がいる。
では、下っ端からいくか? だが、ジャックに刺される可能性がある。
くそ……手詰まりか……。どうにかして、全員まとめて倒せないものか……。
……いや、これは俺1人で戦うときの可能性に過ぎない。
まだアンがいるじゃないか。
――――よし、作戦は考えた。
あとはアンの技量頼みだ。彼女にレベル相応の力があれば、この作戦は100%上手くいく。
「作戦開始!」
俺はアンの元へ、2歩で辿り着く。そして、アンの耳元に口を近づけ、その場で軽く足踏みをする。
即座にメニュー画面は消え、世界に色が戻った。
「雑魚は頼む」
そう囁き、耳を押さえたアンの「ひゃん!?」という声を背に、俺はジャックの方へと走り出した。
「今のは何だ? どうやって避けやがったんだ?」
突き出した剣を戻し、落ち着いた声音で問うてくるジャック。だが、それには答えない。
俺の沈黙を答えと受け取り、ジャックは剣を構えた。
「そうか。 ――なら、テメェを半殺しにして吐かせてやる!!」
腕を回し、剣を振り上げてくるジャック。俺は短刀でガードする。
キィン!!
ジャックの振った剣が俺の前にかざされた短刀にぶつかり、金属音が響く。
「船長――!」
下っ端の声も聞こえたが、襲ってはこない。横目でチラッと見たら、アンが5人目を撃ち殺したところだった。そうとうな腕前だ。昔銃ゲーをやったことがあるが、そのゲームの世界ランク1位にも匹敵するほどの早撃ち。ちなみに俺は世界2位な。そいつの連続遠距離射撃には敵わなかった。
「余所見してる場合か?」
ジャックが俺の短刀を弾き、ニッ、と不気味に嗤った。勝利を確信したのだろうか。
そして、ロングサーベルを振り下ろす――――!
やばいッ!
弾かれた勢いをそのまま利用して右手を挙げ、メニュー画面を開く。途端に音も色もシャットアウトされる。
「あぶねーっ、もう少しで死ぬところだった」
無意識に独り言を呟き、額の汗を拭う。
焦ってはいけない。冷静に、冷静に。そう自分に言い聞かせ、俺は今の位置から真横に動く。
3歩目で床を蹴り、ジャックに短刀を突き刺す――!
剣を振り下ろす体勢からは、俺の攻撃を止められない。突き出した短刀はジャックの体に深々と――――刺さらなかった。
キィンと、さっきのような金属音が響き、弾かれる。
「どうやって避けたかは分からないが、俺の方が一枚上手だったみたいだな」
短刀に切られて裂けた服の間から、冷たく暗い色の金属が見えた。
「こいつ……金属板を……ッ!?」
そう。服の下に付けていた金属板が、俺の攻撃を防いだのだった。
「じゃあ、次は俺の番だなッ!」
ジャックがサーベルを横に薙ぐ。いつものようにメニュー画面を開こうと思ったが、弾かれた反動で腕がうまく動かない。
――――やばい――――ッ!!
次の瞬間、短刀を持った俺の左腕が宙に舞った。