メニュー画面
何で俺はこんなところにいる? 思い出すんだ――たしか、パソコンで変なファイルを開いて、台風と地震が来て……そこからが思い出せない。
でも、これだけはわかる。ここにいるのは、あのファイルが原因だ。
じゃあ、あのファイルは何なのか?
考えは2つある。1つ目は、あれはゲームの起動プログラムだという考え。仮想世界にダイブする技術はすでに完成していて、いろんなゲームにそのシステムは使用されている。だが、そのシステムを使用するには人1人が入る大きさの、箱型の特別な機械が必要だ。ゲームセンターには普及されているが、家庭用のものは開発されていない。それに、今の技術ではここまで感触がリアルじゃない。
この世界は、まるで全てが本物のようにリアルな感触で、というより、本物を触っているかのよう。
例えば、アンの胸の感触だったり、アンに殴られたときの痛みだったり。
それに匂いだってする。アンの甘い匂いだ。
そして、アンの行動や言動。まず、彼女は流暢に日本語を話している。しかし、将という日本ではよくあるような名前を「聞かない発音」と言っていた。
最初はNPCなのかとも考えたが、NPCはあんなに人間らしい言動はしないはずだ。だが、アンの行動、言動は、現実の女性のそれだと思う。現実の女性とそんなに話さないからあまりわからないのだが。とにかく、NPCではない。……と思う。
したがって、これはゲームではない。
そしてもう1つの考えだが、これは非現実的だ。
あのファイルは転移プログラムで、ここは異世界だという考えだ。
先に告げたように、これは非現実的であり、物語の中でしかありえるはずのない出来事である。だが、ここが異世界だといえば全てに合点がいく。
リアルな匂いも感触も現実なのだから当然のことだろうし、アンだってこの世界の住人だから、人間らしい行動をするのは当たり前のことである。
したがって、ここは異世界である。
だがやはり、この結論では納得はできない。
「あーもうわからん!」
お手上げだ、と言う風に右手を上げたそのとき。
目の前に水色の五角形が2つ、横に並ぶように浮かび上がり、静寂が訪れた。
「何だ……これ……!?」
五角形の中には英語で文字が書いてある。1つ目はItem、2つ目はStatusだ。
視界の一番上にはMenuと表記――いや、表示されている。
これは間違いなく――
「ゲームのメニュー画面だ……」
結論。やはりこれはゲームだったのだ。
だが、それはそれで複数の疑問が脳裏に浮かぶ。
しかし考えても無駄だろうと思い、俺は思考を断念した。
もしかしたらそれは、好奇心が勝ったからかもしれない。
――新しいゲームに出会えたことへの、感動にも似たこの気持ち。
それだけが俺の指を衝き動かした。
横に並んだ2つのうちの右側、Itemと書かれた五角形を、震える指を伸ばしてタッチする。
キュイン、という感じの高い音とともに長方形が大小2つ浮かび上がる。
大きいほうには何も書かれていない。「アイテムを所持していない」ということだろう。
小さいほうにはBackと書かれている。戻る、ということか。その長方形をタッチする。
またキュイン、と2つの長方形が消え、最初の状態――五角形2つに戻った。
次は左だ。Statusと書かれた五角形をタッチ。
同じように長方形が2つ現れる。大きいほうには、ステータスが書かれていた。
ショウ ♂
17歳
職業:高校生
装備:なし
高校は存在しなさそうな世界だが、職業は高校生なんだな。
そして、Backと書かれた長方形をタッチして戻る。
そこで気付いた。
周りの音が何も聞こえない、ということに。
ドタドタと騒がしい足音も、アンの声も。
俺が空中をタッチしているのを見れば、何してるの? ぐらい言ってくるだろう。
アンのほうを見ると、正座して口を少し開けた状態で静止していた。
動く気配はない。
ちなみに、まわりは……なんというか、水色のクリアファイルを顔に当てて見た景色みたいな感じになっていた。
「メニュー画面を開いているときは、俺以外の動きは止まる、ということか……?」
それ以外にこの状況を説明できる表現は見つからない。
にしてもアンって綺麗だな。グラビアアイドルにも勝るとも劣らない顔、体型。
そういや、あのやわらかかった感触……。
もう一度触りたいという気持ちが渦巻く。俺はそこまで欲はないと自負しているが、男の性、というものだろうか。
「今なら触ってもばれないかな」
頭の中で天使と悪魔が葛藤する。「今のうちに揉んでやれよ~」と囁いてくる悪魔。「いやもうどうせならチューしたほうがいいんじゃない? おっぱいは一度触ってるんだし」と天使。
天使、おまえは何だ。悪魔より悪魔だぞ。自重しろ。
そして、「やっぱりそんなのはだめだ」と、俺の理性が結論を出す。
俺の理性が(堕)天使と悪魔の誘惑に勝ったぞ。
「チッ!」と舌打ちして消えていく2人。
「……そろそろこのメニュー画面閉じるか」
また2人が来ても困るしな。
そして俺は思った。
「これ、どうやって消すんだ?」
Backと書かれた長方形も無いし、どうすればいいんだよ?
とりあえず、動いてみるか。
歩いて、アンの後ろを目指す。アンには時間が止まっていることがばれないので、メニューを閉じたらびっくりするだろうな。「瞬間移動!?」とか言いそうだ。
3歩歩いてアンの真後ろに着いたとき、目の前に大きくBackの文字が浮かんだ。
そして、浮かんでいた図形がテレビを消したような音とともに消えた。まわりの色彩が戻り、再びドタドタと足音が聞こえだす。
なるほど、3歩歩いたら消えるのか。
「ショウ!?」
それとほぼ同時に、アンの声が聞こえた。
「ここだよっ」
ドンっと両肩を叩くと、
「ひあっ!?」
と、かわいい声を出してこっちを向く。
「おおおおまえ、いつの間に――」
俺を指す指が震えている。
「魔法だ」
俺がすごく真面目な顔でそう言うと、
「なんだ魔法か……」
いや、信じるのかよ。
「って、なぜ人類種が……」
アンが何か言おうとしたとき、バン! と、壊れそうな音を立てて扉が開いた。
「おい、何やってる?」
なんかゴツイ体の、槍を持った男が首をボキボキ鳴らしながら問う。
「ん? 誰だその男? どこから入ったのか?」
その口調はまるでヤンキーだ。
「知らん。気付いたらここにいた」
俺も同じような口調で返す。
すると眉間にしわを寄せ、階段を下りてきて槍を構え――
やべ……。
俺は反射的に右腕を上げた。
またあのメニュー画面が表示され、全てが止まる。
「ふー、危ないところだったな」
あのままだとたぶん、俺とアンは槍で串刺しになっていたはずだ。
ん? 串刺しじゃなくて槍刺しか? まあいいか、そんなこと。
「ていうか、このメニュー画面があれば、俺最強じゃね?」
呟きながら俺は、アンの右に2歩で移動する。
そして、アンのほうに向かってクラウチングスタートみたいなポーズになり、床を蹴る。
メニュー画面が閉じると同時に、俺はアンをお姫様抱っこで抱え、そのまま走って離脱。
その一瞬あとに、俺達がいた場所を槍が突く。
「ふぇ?」
お姫様は、状況を理解できていない。
「何だと?」
驚きの色が混ざった声を上げる男。
「ふぇええぇ……」
俺の腕の中で、状況を認識したらしいアンが一瞬で顔を真っ赤に染めた。
とりあえずアンを下ろす。
「あ、ありがと」
何で体ごとあっち向いて礼を言うんだよ。人に礼を言うときはその人の目を見て言えって教わらなかったのか? あ、これ謝るときだったっけ?
「何故今のを避けることができた?」
男がこっちを向く。
「自分で考えろ脳筋野郎」
男の額に青筋が浮かんだのが分かった。