しゅがーぱにっく
これは、【ぱんぷきんぱにっく】と【さたんぱにっく】の続編となります。ご了承下さい。
「……どうしてこうなった」
「魔王様、体調が悪いんですか?」
手のひらで顔を覆う私の顔を女の子が心配そうに覗き込んだ。いや、うん。心配してくれるのはありがたい。ありがたいけれど、心労の原因はこの子なんだけどなぁと私は心の中で呟く。
「大丈夫。ちょっと、眩暈がしただけかな」
色々な意味で。
現在魔王と呼ばれている私だが、実は魔族でも、王様でもない一般の人間だったりする。
【ぱんぷきんぱにっく】と呼ばれる乙女ゲームの世界に召喚された私は、攻略対象である魔物に対して主人公の女の子が好意をもつよう、魔王という役職について日夜暗躍していた。本来ならまったくもって、関係がない話なのだが、攻略対象の魔物が女の子から愛のこもったお菓子がもらえない限り、私が元の世界に返してもらえないのだから仕方がない。元々が乙女ゲーな為、美形なくせに何をやっているんだと言いたいところだけど。
そしてついこの間ヘタレな魔物達との仲が伸展するように、クリスマスっぽいイベントを起こしたのだが、その結果色んな意味で大惨事が起きていた。
「眩暈を甘く見たらいけないですよ?魔物はどうか分からないですけど、人間の女性は貧血になったりしますから。無理しないで下さいね」
「うん。ありがとう」
とてもいい子だ。攻略対象である魔物達にはもったいないくらいとてもいい子だ。
しかし、一つだけ彼女には大きな問題があった。
「それは置いておいて、魔王様がイベント好きって聞いたんです。どうです?凄いでしょ?」
「……うん。凄いね」
イベントはイベントでも、それはオタクのイベントですからねー。
同人誌のブースが並ぶ会場で、私は遠い目になった。並んでいるものは、攻略対象達を掛け算にした本、本、本。
所謂、BL、やおい、女性向けと呼ばれる類の物語だった。
そう、実は主人公立場に居るはずの女の子は腐女子という病をわずらっていたりした。それが欠点かどうかは置いておくとしても、現在はマイナスとなっている事には変わりない。なぜならば、彼女は攻略対象相手に、掛け算をして楽しんでしまっているからである。
確かに美形で、ちょうどいい対象だったという事も分からなくはないけれど、どうしてこうなった。
「これだけの魔物、よく集まったねー」
「ランタンッ?!」
ひょこっと現れた、ちびっこランタンはケラケラと笑いながら私の横へやってきた。
「実は以前から私が作った話を喜んで読んで下さるメイドさんが見えまして、地味にオタクの輪は広がっていたんです。さらにこの間、私が漫画を書いて配布したら一気に人気が出まして。ほら、女子は美男子のホモ話が好きなものなんですよ」
……いや、そうとは限らないとは思うよ。もちろん好きな人は好きなんだろうけれど。
たぶんこれだけ爆発的に腐女子が増えてしまったのは、この世界の娯楽が若干日本に比べると少ないからだと思われる。女の子の書く絵は、私の日本の漫画で肥えた目で見ても、とても綺麗で可愛いものだった。BLに突入してしまう女子は、最初は綺麗なイラストに惹かれてというパターンが多いので、たぶんここに参加している魔物のお嬢さん達も、そんな感じでほいほいされてしまったのだろう。なんて残念。
「というか、仲良くなったんだ」
ランタンと女の子の組み合わせで仲良く談笑できるようになったのは、まさに奇跡な気がする。
ランタンは姿形が幼い為か、どちらかというと遊んでばかりで、女の子と仲良くなるのに積極的なタイプではなかった。さらに悪魔という種族の所為か、いたずら好きというか、とにかく女の子に意地悪をしたりしていたはずだ。まあ小さい子が好きな子に意地悪をするというのはよくある話で、その部類という可能性も否定できなくはないが、たぶんあれは本能的に脅かしているだけな気がする。
「ええ。私、男同士が好きですけど、少女漫画的な女性と男性の恋愛も好きなんです」
あー、二次元的な両刀なのね。
とはいえ、それとランタンとどういう繋がりがあるというのか。全く話がみえない。
「えーっと、つまりランタンと趣味があったと?」
「はい。年の差、身分の差、種族の差、大好物ですから」
「そうそう」
ランタンがそんな王道的な少女漫画話を好きなんて初耳だ。そもそも私も、そんな話ランタンに振った事はなかったけれど。でもここにきて、まさかのランタンエンドに進める可能性がみえてきたとは。
人生何が起こるか分からないものだよなぁとしみじみしてしまう。
私の一押し、無口で純粋なフランケンではなかったのは、残念ではあるけれど。
「だから、私ランタンを応援しようと思ったんです」
「あー、まあ、いいんじゃない?」
狼男達に少女漫画趣味があるようには思えないので、そういったオタク談議が女の子としかできないのも分かる。どう応援するかは分からないが、きっとランタンと同じような趣味の子をみつけてあげ、オタクの和を広げようとしてくれているのだろう。
「そこでここはもう一発、猫の日を実現してはどうかと思うんです」
「……猫の日?」
なんだそれ。
世の中には、もやしの日や喫茶の日などいろんな記念日があるので、別に猫の日があってもおかしくはない。ただ、猫の日を実現と言われても、一体何をするというのだろう。少なくとも、日本ではそんな特別な行事ではなかったと思う。
「2月22日。にゃーにゃーにゃーの日です。皆で猫耳をつけて、種族の差を無くし愛を語り合っていい日にしてはどうでしょう」
「……皆で猫耳」
可愛いお嬢さんが猫耳ならいざ知らず、この場合イケメン男子もイケてない男子も、マッチョも皆猫耳を付けるということだろうか。
頭に何故かマッチョが猫耳をつけて筋肉を見せつけてくる姿が思い浮かび、げんなりした。なんという殺人的視界だろう。
「魔界にはバレンタインもホワイトデーもないと聞きました。ああ、バレンタインというのは、女の子が好きな男の子にチョコを上げる日で、ホワイトデーはそのお返しを男の子がする日なんですけど。そんな感じで、愛のこもったイベントをやるといいと思うんです」
もちろんそのイベントは知っている。私も日本生まれの日本育ち。日本のメジャーな商業戦線は忘れませんとも。チョコは本命に義理、逆チョコ友チョコ、なんでもござれになってきていることも知っている。
でもだったら、普通にバレンタインをすればいいのにと思ってしまうのは私だけだろうか。女の子から心のこもったチョコレートを貰えれば、一発クリアなような……というか、クリアじゃん。
もちろん心がこもっていなければいけないので、そこはちゃんと頑張らねばならないが、チョコを配ってくれれば、一つぐらい当りがあるかもしれない。
「そのバレンタインというものは面白そうだね」
女の子は私が生まれもの育ちも魔界育ちの魔王様だと信じていたりする。そして私も今更、実は人間で、自分のために貴方と魔物をくっつけようとしていますとも言えず、魔王役に徹していた。その為あたかもバレンタインを知らなかったけれど、今興味を持ちました的な演技をする。……なんだかややこしいが、円滑な対人関係を築くためには、仕方がない。
「なら猫耳つけて、チョコを渡して告白する日というのはどうでしょう?」
「……えっと、猫耳は必要かな?」
「必要です!」
女の子は真剣な様子で私に詰め寄った。
「なら魔王様も猫耳つけなきゃだねー」
「私も……か?」
「はいっ!」
コスプレは私のキャラではないのだけどなぁ。でもこれだけ女の子がやる気を出してくれているならば、彼女にこのイベントに参加してもらうためにもやるしかない。
「あと、吸血鬼さんや、フランケンさんや、ゾンビさん達にも付けてもらいたいです。狼男さんと猫耳吸血鬼さん……犬猫コンビって萌えますよね!」
「あー……うん。とりあえず、皆にも付けてもらうから、チョコの部分も忘れずに……ね」
こうなったら、肉を切らせて骨を断つ作戦だ。
皆が痛々しい見た目になる上に、彼女の妄想の餌食となることは避けようもない事実だが、そのイベントをすることで、心のこもったチョコを配ってもらえるなら、やるだけの価値はある。
それに私だって恥を捨てて猫耳を付けるのだ。私に手伝ってもらっている彼らも、同様に頑張るべきだ。……若干、強面のフランケンが残念な仕上がりになりそうな気がしなくもないけれど。
「もちろん頑張ります。魔王様も、一緒に手作りチョコレート作りましょうね!」
「へ?私もか?」
「当たり前です。イベントは全員参加だから楽しいんです」
に、肉を切らせて骨を断つだ。
あまりお菓子作りはしたことがないが、チョコレートを溶かして固めるぐらいならできなくもないだろう。
クリスマスに引き続き忙しくなりそうな様子に、私は心の中でこっそりため息を付いた。
◇◆◇◆◇◆◇
「……悪夢だ」
猫耳をつけた自分を鏡に映し、私は大きく溜息をついた。こういうのは、可愛い女の子OR可愛らしい少年が一番似合い、そして美形達がギャップ萌えを狙う為の小道具だと思っている。そのため、日本人顔で普通寄りな私だと、なんとも微妙な仕上がりになっていた。
似合わないとまでは言わないが、見たヒトがうーんと微妙な表情をしそうな感じだ。むしろもっと似合わなければ冗談とかで済ませられそうなのだけれど。
「ああ、でも、全員付けているなら……」
きっと、夢と魔法の国と宣伝するテーマパーク、ネズミの国と同じ現象が起こり、猫耳を付けているのが普通だと感じるはずだ。というかそうであってくれ。
「魔王様!あははは。超、似合う~!」
「ランタン。笑いながら言うんじゃない」
猫耳が良く似合う部類に属する小悪魔系美少年ランタンが突然部屋の中に入ってきたかと思うと、ケラケラと笑った。
「ええー、じゃあ真顔で、可愛いっていえばいいわけ?」
「嘘はつくんじゃありません」
「本当だってばー」
悪魔に嘘をつくなと言ったって無理は承知の上だ。それでもできることなら、猫耳に対しては何も触れずにいてくれればいいのに。地味に精神力が削られる。
「とにかく、チョコを撒きに行くぞ」
「はーい!」
女の子にも手作りチョコを作ってもらうために、私は女の子と一緒にチョコを作製する事になった。といっても、トリュフや生チョコよりもさらに楽な、チョコを溶かして型に入れて固めるだけという、手抜き料理だけど。
一応ナッツっぽいもの(魔界なので、これが本当にナッツなのか分からない)を入れるなど、若干の工夫はして、綺麗に銀紙で包んである。そして量産できるだけ量産し、今回のオープニングイベントとして、チョコ撒きをする事になった。
もうバレンタインなのか、節分なのか、猫の日なのか、混ざりすぎていて意味が分からない仕立てとなっているが、魔界なのだし多少混沌としていても問題はないだろう。楽しく、ミッションがコンプリートできるなら、もうなんだっていい。
「あ、魔王様……えーっと」
チョコ撒き会場へ向かう途中、ゾンビが微妙な顔で私に声をかけてきた。ゾンビの目線が明らかに私の頭の上に向かっているのを感じて、私は苦笑する。ゾンビは真面目だから似あっているとも、似合わないともいえないのだろう。
「耳については、触れなくてもいいから。手はずは整った?」
「はい。町まではなんともいえませんが、城に居る魔物達は全員猫耳をつけています」
「それだけ参加していれば、十分だ」
このイベントはどう考えても、馬鹿馬鹿しいと感じるのが当たり前である。ただ皆がそれをやっていると、ちょっとやってみようかという意識が芽生えてくるのだ。
そして芽生えたところで、簡単に購入できるようにしておくと、自然に猫耳を付ける人数は増えるはずである。
私はゾンビを引き連れながら、城の庭が一望できるテラスへ出た。
すると、事前に庭に出ていた魔物達から歓声が上がる。あまり人前に立つのは得意ではないが、何度もこなしていればだんだん感覚というものは麻痺し、慣れてくるものだ。……慣れきってしまった自分に、物悲しさを覚えなくもないけれど。
しかし、そんな事を嘆いたって仕方がない。
「皆、チョコは欲しいかー!」
「「「「おーっ!!」」」」
「愛は欲しいかー!」
「「「「おーっ!!」」」」
皆、かなりノリがいいですね。
どこかのクイズ番組のノリで叫んでみると、いい感じで返事が返ってくる。まあ私が緊張しないのも、彼らならば私が何を話しても白い目で見ずに付き合ってくれると知っているからだけど。私を家に返してくれない事と、女の子に対して皆ヘタレである事を除けは、本当にいい奴らだ。
折角恥を忍んで猫耳をつけているわけだし、こうなったらなんとしても成功させよう。
「猫の日を、ここに開催する!」
「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」」」
私が開催の宣言をすると、さらにひときわ大きな歓声が上がった。
私はそんな歓声を合図に、せこせこと包んだチョコレートを下へ撒く。その隣で、ランタンやゾンビ、他の場所から、狼男や吸血鬼、フランケンもチョコを撒いた。
女の子もチョコ撒きに参加したいとの事だったが、とりあえず今回に関しては、本命でなくても、本命に近いチョコを作ってもらいたかったので、知り合いに配る分のみを作ってもらっている。
一生懸命【板チョコ】もとい、【痛チョコ(二次元キャラクターチョコ)】を作っていた姿を思い出して私は少し生ぬるい笑みを浮かべた。うん。どんなチョコだって、心はこもっているはず。
とりあえず、魔物たちにチョコを恵んでくれるレベルまで仲良くなれたのも、奇跡に近いのだ。
「さてと、全部配り終わったな」
私は空になったチョコ入りのかごを逆さに向けて確認し、室内へ戻った。いつまでも私がテラスにいては、魔物達も解散できないだろう。
中に入った私は、大きなあくびをする。流石にあれだけのチョコを包むのは疲れた。
「魔王様、お疲れですか?」
「んー、ちょっとね。悪いけど、ゾンビ。少し寝てくるわ。女の子、よろしく」
そう言って、もう一度大きなあくびをする。
なんだろう、凄く眠い。そういえば、今日はいつもに比べて暖かいからだろうか。魔界でも暖冬ってあるんだなぁ。
女の子から心のこもったお菓子がもらえなければ春が来ない世界なので、一般にイメージする魔界ともちょっと違うけれど。
「魔王様、部屋まで案内するね」
「ん」
ぼんやりと返事を返して、ランタンに手を引かれながら私は広い城の中を歩いた。
ちょっと貧血気味なのか、足取りがおぼつかない。やっぱり人間眠らないといけないようだ。
「魔王様、何笑っているわけ?」
「ん?……笑ってたか?いや、まあ、何だかあべこべだなぁと思って」
幼い外見のランタンに大人の私が手を引かれているというのもそうだし、本来だったらこうやって攻略対象に手を引かれるのは主人公の女の子の役割だから、私ではないんだよなぁと思った為に。
「あべこべ?」
「そう。本当ならこうやって手をつなぐのは女の子の役割だし」
ああ、そういえば。
女の子とランタンが結構急接近していたんだっけ。だとしたら、ゾンビに任せるんじゃなくて、ランタンに女の子の事を頼めばよかった。……いや、今からでも遅くない。
「ランタン、女の子の所へ――」
「魔王様を送り届けたらね~」
行きなさいと命令しかけた所で、ランタンに先を越される。
まあ私の部屋はそれほど遠くないし、私を送り届けた後でも問題はないか。
「それよりさ。魔王様は俺の事どう思う?」
「どう?」
「ほらほら、カッコイイとかさ」
「お前はカッコイイじゃなくて、小悪魔系だろうが」
属性を間違えては台無しだ。
ランタンは子供なので、カッコイイというよりも、可愛いに近い。だから衣装だって、たまにフリルがついたコテコテな衣装を着ても似合うのだ。
「ぶーぶー。魔王様、外見はフランケンが好きだって知っているけどさ~、もうちょっとないわけ?」
「フランケンは見た目じゃなくて、見た目と中身がセットでいい感じなんだよ」
強面だけど、実は心優しくて純粋。
そんなところが、持ち味の魔物なのだ。一概に見た目だけの問題でもない。だいたい見た目だけですべてが上手くいくなら、女の子と魔物はすでに恋愛エンド迎えミッションコンプリート、私はさよならだったはずだ。
「じゃあ、俺は大きくなったらもう用済み?」
「……何を愁傷名事言っているんだ。ランタンらしくもない」
「魔王様の中の俺らしいって何?」
珍しくランタンが弱気な様子に、私は何と返してあげようかと首をかしげる。
別にランタンが大きくなって子悪魔系でなくなったからといって、ランタンの価値がそれだけというわけでもない。ああ、でも私のいままでの言い方だとそんな風にも聞こえるのか。好きな子がいる男の子というのは大変だ。
「いつだって、ふてぶてしくて、憎めないキャラがお前だろ。別に子悪魔系というのは、小さいからというだけじゃない」
大人の女性で小悪魔系と呼ばれるのは、小さいという意味ではなく悪魔というほど悪ではない、えーと……チョイ悪という意味だ。
ランタンだったら、どんな風に成長しても、子供っぽい悪戯が大好きな可愛らしい成長をする気がする。
「大きくなったら、カッコよくなっちゃうけど、それでもいい?」
「自分でカッコいいって、凄い強気発言だな。まあ、いいんじゃない?」
小さいときは美少年でも将来凡人なんて山ほどいるというのに。自分でカッコよくなるとか普通は言えない。
ただこの世界が乙女ゲームで、ランタンが攻略対象ならば、きっとカッコよく成長できるだろう。
「じゃあ、大きくなったら結婚してくれる?」
「は?」
「いーじゃん。可愛い子供がいう事だし~」
だから自分で可愛いとかいうな。ま、実際私が負けているよなと思うぐらい可愛いんだけどさ。コンチクショウ。
「普通、可愛い子供は、自分からそういうこと言わないと思うんだけど」
「だって俺悪魔だもん」
「あ、そう」
「ねー、駄目?」
小首を傾げで上目使いに私を見上げてくるランタンは、邪気の欠片もありませんという顔をしている。悪魔なんだけど。
「……ランタンが大きくなった時に私がまだ結婚していなくて、ランタンが私を好きだったらな」
ランタンの発言は、少女漫画でありそうな、お約束なセリフだ。だったら私もそれで返そう。
それにランタンは小学生外見イコール実年齢という感じがしない。考えられるのは、ファンタジーにありがちの成長が遅い種族というものだ。そうだとすると、ランタンが大きくなった時、私はお婆ちゃん。いい感じでうやむやにできそうだ。数年後にランタンがやってきて再度告白されるなんて恋愛フラグは、すでに綺麗に折れていると言っても過言じゃない。
「約束だよ。じゃあね、魔王様。またね」
そう言って笑うランタンの声を最後に、私の意識は遠のき、倒れるようにベッドにダイブした。
◇◆◇◆◇◆◇
というのが、私のちょっとした不思議体験だ。
あの後、目が覚めた私は、自分の部屋にいた。いや、自分の部屋は部屋でも、魔界ではなく、人間の世界。@日本の私の部屋だ。
私が召喚されたと思った10/31、ハロウィンの夜から少しだけ時間が経ち、本日11/2の朝となっている。
夢だったというには寝すぎな気がするが、正しく夢だとしか思えない出来事だった。もしもアレが夢ではないとするならば、所謂世界が違うから時間の流れも違う的な設定だったのだろう。
結局どうして元の世界に戻れたのか分からないが、考えられるのは2つ。1つは私が廊下を歩いている間に、女の子が誰か魔物にお菓子を上げ恋愛エンドを迎えたという可能性。もう1つは、愛がこもったお菓子とされていたが、愛というのが【恋愛】とは言われていなかったので、私が心をこめて作ったチョコをばら撒いたことにより、ミッションクリアとなった可能性。よくよく考えれば、私と女の子は立場が違うものの、同じ日本からあの世界に行ったもの同士なのだ。女の子に適用される事柄が、私に適用される可能性は十分にある。
とはいえ、夢かもしれない事柄を、今さらから考察するのも馬鹿馬鹿しいのだけど。
「あー、女の子の名前と住所聞いておけばよかったな」
結構仲良くなったので、もったいないことをしてしまった気もしなくもない。もしも女の子が日本に帰っていたら、同じオタク仲間なのでイベント会場で会う可能性もあるが、生息域が違いそうだし、狭いようで広い日本だ。会える確率は限りなく低い。
「良くあるのが、【ぱんぷきんぱにっく】のゲームの製作者が実は女の子だったという話だけど……」
流石にそこまで調べる気はない。もしもそうだったとして、私は何をしようというのか。突然、日本に戻ってきてしまい魔物達に挨拶もできなかったのは残念だけど、元々帰る気でいたのだから、これは喜ぶべきことなのだ。
ま、いいか。
濃厚な夢を見たということにして、気を取り直し新刊を読もう。体調不良と言うことで、今日ぐらい会社を休んでも罰は当たるまい。実際色々ちょっと混乱していて、仕事という気分にはなれないのだし。
「ようやく読めるんだ」
ちょっと、感動。買ってからずいぶん経ってしまった気はするけれど、実際にはそれほど経っていない。私はいそいそと本屋の紙袋から取り出し、表紙を開いた。
「魔王様っ!」
「……へ?」
漫画本を片手に私は、聞きなれたけれどもう2度と聞きたくないと思っていた言葉に反応し、顔を上げる。するとそこは、ファンタジーゲームでありそうな石造りの部屋にビフォア―アフターされており、【@日本の私の部屋】ではなくなっていた。
足元には、以前にも見覚えのある魔方陣……。
「助けて下さい、魔王様」
「は?」
……あれれ?どうして、ここにゾンビがいるんだ?
顔色を悪くしたゾンビに助けを求められ、私の顔が微妙に引きつる。あ、ゾンビは元々顔色悪かったっけ。
いやいや、そんな現実逃避している場合ではなくて。
「女の子の置き土産のBLが、魔界で流行っちゃってさ。それを見た吸血鬼と狼男が寝込んじゃったんだよねー。ちなみにフランケンはフリーズしちゃってまったく動かないんだ。どうも男色と勘違いされて、熱いラブレターを貰ったみたいでさ」
ケラケラと笑いながら私に近づいてきた男が、私の手を取り立ち上がらせた。そうかフランケン達は寝込んでしまったのか。まあ、その気持ちは分からなくもない。
「かくいう私も、寝込みそうでして……かはっ」
ゾンビが吐血し、石造りの部屋で一瞬にして殺人現場が再現される。ゾンビが寝込みそうなのはBLの件が原因というわけではなさそうな気がするが、そこはそっとしておこう。
「血がシミになると嫌だから、掃除しておけよ。……それで、私は何故ここに?」
「そもそも、魔王様が撒いた種だしさー、魔王様に解決して貰うのが一番かなと思って、召喚してみたんだよね。てへ」
「……可愛らしく言ったって、全然可愛くないんだからな。ところで、どちら様?」
私の手をとっている男は、妙になれなれしく、そして誰かに雰囲気は似ている気がする。しかしどうにも思い出すことができず私はいぶかしげに見た。
可愛いとカッコイイが同居しているような、ちょっとチャラ男っぽい男だが、さすが乙女ゲームの世界なだけあってか、美形には間違いない。
「俺?えー、忘れちゃったの。酷いなぁ~」
「うん。忘れた。だから、教えろ」
折角元の世界に帰れた私を、また召喚しておいて、どっちが酷いんだ。そんな思いもあり、私はツンケンと質問した。
モブキャラにしては、キャラ立ちしすぎている気がするので、実際に会っている可能性は高い。でも普通、こんなキャラを忘れるか?
「俺は、魔王様の婚約相手だよ」
「は?こんにゃく相手?」
「こんにゃくの相手をしてどうするのさ。婚約、結婚。つまり、俺が、旦那様ってわけ」
意味が分かりません。
頭痛と眩暈がして、私は空いている手で顔を覆った。何がどうして、私に婚約相手ができているんだ。
「ほら、魔王様からのチョコもちゃんと貰ったし」
「いつ?」
「一緒にチョコを作っていた女の子から、横流しして貰いましたー」
「それは、貰ったって言わない」
ひょいっと男が取り出したチョコは、確かに私がこの間作ったものだ。ゾンビやランタン達にもあげるかと、チョコ撒き用よりも、少し大きめに作りそっと別の場所に片づけたはず。結局渡す前に帰ってしまったので、上げてはいないのだけど。
「それに、大きくなったら、結婚してくれるんでしょ?一回元の世界に帰って心残りだった新刊も持ってこれたし、もう思い残す事はないよね」
「……えっ?」
「嘘はいけないんだぁー。あんまり嘘をつくと、魔王様も俺みたいに悪魔になっちゃうよ?」
ま、さ、か。
「お前、ランタン?」
「あったり~。ぱふぱふ、おめでとー」
いやいや、まったくめでたくない。
「ちなみに正解の商品は、俺です」
ぎゅうぅぅぅっと、私よりもでかくなった体で抱きつかれる。
「へ、返品でっ!」
「クーリングオフ対象商品ではありませーん」
お、よくクーリングオフとか知っているな。いやいや、そういう問題じゃなくて。
「それとも、小悪魔系の方がいい?」
ぽんっという音とともに、大きかった男が小さくなる。そこにいたのは、間違いなくランタンだ。
「は?」
「大きい方がいいなら」
ぽんという音と共に再びランタンが大きくなる。
マジか。
「お前。まさかサイズを変えられるのか?!」
「お得でしょ?」
待て待て待て。お得とかそういう問題じゃないから。
まさかの、サイズ変更可能キャラだったとは。いや、まあ。乙女ゲームなのに、ランタンだけ妙に小さいよなぁとは思ったよ。でもそれは、ショタ属性萌えのお姉様を対象にしているのだとばかり。
「大きくなったら、結婚してくれるんだよね?」
「さ、詐欺だっ!」
「うん。だって、俺、悪魔だもん」
そう言って、ランタンはニヤリと笑った。
こんな砂糖まみれになったような甘い恋愛エンドが私に降りかかるなんて誰が予想できただろう。とりあえず私は予想していなかった。
いや、私、お助けキャラなんだよね?
「ね、魔王様。トリック・オア・トリート。どっちがいい?」
えへへっと笑う小悪魔を見ながら、私は何処で選択肢を間違えてしまったのだろうかと遠い目をした。というか、そんな反応しかできない。
……本当に、どうしてこうなった。




