第8話:月に願いを…。
『ぼくのおひまさま。』
―ふと、思い出す懐かしい言葉に導かれ
『ぼくが、ずっとまもってあげるから。』
―窓から夜空を見上げる。
(ふう。…今日は満月なのね。)
澄み切った夜空に、煌々と輝く自分の名と関係のある天体。
読みかけの雑誌を枕元に投げ捨て想いにふける。
(お兄ちゃんが昔言ってくれた台詞だったわね。)
頭に響き渡った幼い声に、昔を思い出す。
私は、自分の名前が嫌いだった。
私の名前をからかう男の子達は、もっと嫌いだった。
珍しい名前に、目立つ容姿の女の子。
愛情表現の幼い男の子達のとる行動は、当時の私には耐え難いものだった…。
(…お姉ちゃんは何もされてなかったのに。)
今とは違い、引っ込み思案だった私はその結果、毎日泣いていた。
学校が終わると家の裏山にある、秘密の隠れ家に逃げ込む毎日。
(そんな時に出会ったのよ。)
…運命の出逢い。私は今でもそう感じている。
いつもの様に、隠れ家に逃げ込んで来た私は、そこで一人遊ぶ男の子の姿を見つけ立ちすくむ。
逃げたくても、目を閉じたくても体が動いてくれない。
そんな私に気付いた男の子は、引き込まれそうな程の澄んだ瞳を私に向け、満面の笑顔で
「きみだぁれ?てんしさま?」
そう言い、駆けてくる。
…てんしさま?
意味不明な言葉に、戸惑う私にお構いなく続ける男の子。
「ぼく、かおるっていうんだ!てんしさまっ!」
かおると名乗る彼の、誰もが魅了されそうな笑顔に見とれ、私はつい答えてしまう。
「わ、わたしは、てんしさまなんて、なまえじゃないもん。」
「そうなの?すごくかわいいから、てんしさまだとおもった。」
今まで、男の子に言われたことのない言葉に、顔を真っ赤にする幼い頃の私。
意を決して、名前を口にする。
「かぐや?きれいななまえ!じゃ、てんしさまじゃなくて、めがみさまだねっ!」
また訳のわからない事を言う彼は、何かに納得したかの様に、うんうん頷いている。
「…めがみさまじゃないよ?」
「だって、かぐやひめは、おつきさまのめがみさまだもん。かぐやちゃんは、めがみさまっ!てんしさまよりうえなんだよっ!?」
憧憬の眼差しに体中が暑くなる。
(ふふっ…。子供の癖にたいしたナンパ師なんだから。)
「ぼく、きれいなめがみさまと、ともだちになったんだ!」
そんな無邪気な彼とすぐに打ち解けると、初めて出来る男の子の友達に嬉しくなって、家に連れていったの。
家に帰ると、パパとママ、そして知らない大人の男女が慌てているのが見えて、そのうち
「っ!?薫っ!どこに行っていたんだっ!?」
こちらに向かって、血相を変え駆けてくる。
その時に従兄弟だっと知ったの。
翌日からのゴールデンウィークを利用して遊びに来ていた彼等家族。
楽しい時間は、一瞬で過ぎていく。
別れの時、私は泣き叫んだ。
初めて優しくしてくれた、カッコイイ男の子。
初めて友達になってくれた、笑顔が素敵な男の子。
…初めて好きになった従兄弟の男の子。
もう二度と会えないかと、この世の終わりかの様に彼に縋り付く私に照れた表情で
「おはなしなら、かぐやひめが、とおくにいくのにぎゃくになっちゃったね。」
そんな彼が憎らしくて。
「か、かぐやひめよりさきに、どっかいくのはゆるさないんだからっ!!」
今までの私じゃ絶対言わないような台詞。
そんな私の我が儘にも、優しい笑顔を浮かべ答えてくる。
「ぼくのめがみさま。」
そう囁く彼は、続けていく。
「はじめてあったときも、ないてたよね?」
(…!?。きづいていたんだ。)
「またあえるよ。つぎにあえたときには…。」
言葉を区切る彼に、目を向けると
「ぼくが、ずっとまもってあげるから。」
(嬉しかった…。当時の私が、どれだけ救われたかわかる?お兄ちゃん?)
貴方はもう忘れているだろう、あの時、あの会話。
あれからどれだけ時が過ぎても、変わらない私の想い。
こうしてまた、共に過ごせる奇跡に感謝しながら貴方を想う。
(もう何処にも行かさない!)
満天の星空と、今は大好きな名前の由来となった月を見上げ…、
私は、願いを口にする。
「月に帰ったとしても、ずっと一緒に…。ねっ?お兄ちゃん♪」




