第44話:少女達の恋。その7
「乙姫?何見てるの?」
教室の窓から見える校庭を眺めていると、かかる後からの声。授業は自習。外から聞こえる歓声に筆を持つ事なく眺めていた。
「ん?薫ちゃん見てるの」
振り返らずに私は答える。声からして美奈だろう。
「ふ〜ん…。サッカーしてるね」
私の横に並び、体育の授業を受けている彼を見て言う。
「凄い…。相変わらず運動神経抜群ね。カッコイイわ」
所せましと駆け回り、ボールをキープする薫ちゃんに感心した声をあげる。それを聞いて、私は誇らしげに
「私の薫ちゃんだもの」
「はいはい」
呆れた様子で見遣る彼女に、少し拗ねたふりを見せ
「だって事実だもん」
可愛いらしく言う。
「その自信はどこからくるの?」
心底不思議そうな美奈。そう言えば以前にも聞かれた事がある。
「自信ねぇ…。確定された事だからかな?」
冗談じみた言い方に納得いかないのか、美奈は眉にシワを寄せている。それを見て、どう言えば良いか悩む私に
「辛くないの?」
「…?…」
突然の問い掛けに疑問符を浮かべる私に
「周りの噂」
簡潔に答えてくる。その言葉に少し考えてから、首を横に振る。実際外野なんか気にしていたらキリがない。悪い事をしているのなら別だけど。
「じゃあ…好きな人が同じだと言う苦痛は?しかも皆家族でしょ?…薫君への想いも半端じゃないし」
「それは…」
この問い掛けはかなり難しい。考えたことがないわけではない。でも
「考えた所で答えなんかないよ…」
私はこれしか言えない。
「なんで?諦めるとか、突き進むとか色々あるじゃない?まぁ家族なだけに後がキツイだろうけど…」
「そう言う問題じゃないのよ…」
私の答えに首を傾げている彼女。多分理解出来ないだろう。
「どれが正しいかわからないのよ。諦めるのか突き進むのか」
そう言うと軽く深呼吸し、私は話し出す。
「どれが正しいなんかわからない。このまま薫ちゃんを好きでいても、諦めても、手に入れても」
先がどうなりかがわからないとつけ加え続ける。
「私達の薫ちゃんへの想いは普通の恋愛より強いの。それは家族だからかも知れないし、10年以上好きで居続けているからかもしれない。依存していると言ってもいいわ」
そう依存。彼なしでは、過去・現在・未来がないほどに。あまりにも自分と一体化し過ぎている。
「どうすれば良いのかわからないのは…私がまだ子供だからかも知れない。大人になればわかるかもしれない」
そう言いながらも、大人になっても無理だろうと心の中で思う。
「別に月姫達を蔑ろにするつもりはないの。だからと言って、このままの関係が続くとも思ってない」
私の一番の懸念は、薫ちゃんが私たちを気遣ってどこかに行くかもしれないこと。そんな事しても意味ないのに優しい彼ならするかもしれない。それが、どれほど残酷な事とも考えずに。
「私の理想は一夫多妻制ね。他の恋愛とは違うから…。家族でいたいなら…それなら今まで通り家族でいられる」
冗談混じりに話す私に、彼女はあきれながら
「でも無理でしょ?…いつかは答えを出さなきゃ。たとえどれほど傷ついても」
「わかってるわ」
薫ちゃん以外の恋愛経験がない私にとって、失恋や友情関係の軋轢がどれほどのものかはわからない。けど、この恋愛劇が世間よりキツイのはわかっている。
「いつまでも…日だまりの中でいたいなぁ」
心底願う。皆大切な家族なのだから。この日だまりに影が射さない事を切に願いながら私は視線を薫ちゃんに戻した。




