「かわいさのかけらもない」と言われた男装令嬢、学園で女子にモテすぎていたら冷徹貴公子に執着されました
アストラディア貴族学院の昼休み、中庭は今日も華やかなざわめきに満ちていた。
咲き誇る白薔薇のアーチの下で、私は令嬢たちに囲まれている。
「リオン様、先ほどの剣術演習、とても素敵でした……!」
「ありがとうございます。ですが、あなたの魔力制御も見事でしたよ。最後の一撃、あれだけ繊細に風を操れる方はそういません」
「そ、そんな……!」
頬を染めた令嬢がぱたぱたと扇を揺らす。
すると、その隣にいた別の令嬢がすかさず身を乗り出した。
「リオン様、わたくしの新しい髪飾りはいかがですか?」
「よくお似合いです。青い石が瞳の色を引き立てていますね。選んだあなたの趣味がいい」
「きゃあ……!」
……ただ見たままを口にしただけなのだが、なぜか周囲の熱量がどんどん上がっていく。
私は小さく息をついた。
本当の名は、リオネッタ・ヴァルディス。
ヴァルディス公爵家の娘であり、れっきとした令嬢だ。
だが今、この学院では私は男装している。名も姿も少し変え、「リオン・ヴァルディス」として騎士科に所属していた。
――理由は単純だ。
騎士科は男子しか入れないから。
幼い頃、盗賊に襲われた私を救ってくれた女性騎士に憧れた。
あの人のように強く、美しく、誰かを守れる騎士になりたい。
そのためには、この学院の騎士科に入るしかなかった。
だから男装した。それだけだ。
なのに、どういうわけか私は学園中の女子にやたらと人気がある。
昔から言われてきた言葉がある。
――かわいさのかけらもない令嬢。
剣ばかり振っていて、刺繍もお茶会も苦手だ。
ふわふわした愛らしさとは縁遠い。その自覚はある。
だが、かわいくないからこそ、なぜ女子にモテるのかがわからない。
「リオン様、今度、剣の握り方を教えてくださいませ」
「もちろん。ですが無理はいけません。手を痛めると困るでしょう?」
「まあ……お優しい」
令嬢たちがきらきらした目で見上げてくる。
私は首を傾げた。
褒めるべきところは褒める。困っているなら助ける。
それは当然のことだろう。特に女性には敬意を払うべきだと、私は本気で思っている。
強い女性など、なおさら素晴らしい。
そうしているうちに、いつのまにか「リオン様親衛隊」なるものまで結成されてしまっていた。
どうしてそうなった。
「……相変わらず、罪作りね」
艶のある声がして、令嬢たちがさっと左右に分かれる。
現れたのは、銀髪をゆるやかに結い上げた美しい令嬢だった。
陽の光を受けて輝くその髪と、紫水晶のような瞳は、一度見たら忘れられない。
ルバイラ・クラルス。
クラルス侯爵家の令嬢であり、社交界でも名高い才媛。
ルバイラとは幼い頃からの付き合いで、男装の秘密も知っている数少ない人物だ。
「ルバイラ」
「また女の子たちを口説いていたの?」
「口説いてはいない。事実を述べていただけだ」
「それを世間では口説くと言うのよ、リオネッタ」
男装名ではなく本名で呼ばれ、私は眉を寄せた。
「ここではリオンだ」
「二人きりでも?」
「……今は二人きりではないだろう」
周囲の令嬢たちが、ルバイラと私を見比べてそわそわしている。
中には「お似合い……」などと囁く者までいて、どう返せばいいのかわからない。
ルバイラはそんな周囲を一瞥し、ふっと唇を上げた。
「まあいいわ。午後の実戦演習、見に行くから負けないでちょうだい」
「負けるつもりはない」
「知っているわ」
その言い方が妙に柔らかくて、私は少しだけ視線を逸らした。
ルバイラとは幼い頃からの付き合いだ。
彼女は昔から、私の無茶も秘密も知っている。
そして昔から、妙に距離が近い。
だがそのことを深く考えようとした瞬間、中庭のざわめきが不意に変質した。
「……アルゼディウス様」
誰かが息を呑むように名をこぼす。
振り返ると、中庭の石畳の先に、一人の青年が立っていた。
黒髪。切れ長の青い瞳。長身を包む騎士科の制服は隙なく整い、その姿は冷たい彫像のように端正だ。
歩くだけで周囲の空気が張り詰める。
アルゼディウス・クラウゼル。
クラウゼル公爵家の嫡男。騎士科首席候補と名高い、学院きっての貴公子である。
近寄りがたい。冷徹。無口。そんな噂ばかりを聞く男だ。
そのアルゼディウスが、まっすぐ私を見ていた。
「リオン・ヴァルディス」
低い声で名前を呼ばれ、私は思わず背筋を伸ばす。
「なんだ」
「午後の演習、俺の相手をしろ」
周囲がどよめいた。
アルゼディウスが自分から誰かを指名することなど滅多にない。しかも、その相手は私だ。
「望むところだ」
私が即答すると、彼はほんのわずかに目を細めた。
それが笑みだと気づいた者は、ほとんどいなかっただろう。
◇
アストラディア貴族学院の実戦演習場は、半円形の観覧席に囲まれた広い石造りの空間だ。
騎士科の演習は人気が高い。
特に今日のように、アルゼディウスと私が手合わせをするとあってはなおさらだった。
観覧席は、いつのまにか令嬢たちで埋め尽くされている。
「リオン様ー! 頑張ってくださいませ!」
「アルゼディウス様も素敵……でも今日はリオン様を応援いたしますわ!」
「どちらが勝っても眼福ですわね……!」
教師が苦笑している。
私は木剣を肩に担ぎ、演習場の中央へ向かった。
向かいからアルゼディウスが歩いてくる。
長い脚運びは無駄がなく、ただ歩くだけで強者とわかる。
「ずいぶん注目されているな」
彼が言った。
「君もだろう」
「俺は違う」
「何がだ?」
「……お前ほどではない」
意味がわからず、私は首を傾げた。
すると彼は少しだけ眉間に皺を寄せた。どうやら機嫌を損ねたらしい。ますますわからない。
開始の合図が鳴る。
私は迷わず踏み込んだ。
先手必勝。
真正面から打ち込むと、彼は流れるように受け流す。
重い。
鋭い。
だが心地よい。
剣を交えるたび、相手の癖と体重移動が伝わってくる。
――強い。
思わず口元が上がった。
「いいな、アルゼディウス!」
「……楽しそうだな」
「強い相手と剣を交えるのは好きだ」
「そうか」
次の瞬間、彼の踏み込みがさらに深くなる。
速い。だが読める。
私は身をひねって刃をかわし、返す木剣で彼の肩口を狙った。
けれど、その一撃はぎりぎりで受け流され、逆に脇腹を狙われる。
そこで一歩引くのではなく、私はあえて懐に飛び込んだ。
観覧席から悲鳴が上がる。
至近距離なら長い剣筋は活かしにくい。
私は彼の腕を払い、体勢を崩して足を払う。
アルゼディウスは倒れこむ寸前で体をひねったが、その胸元へ私は木剣の切っ先を突きつけていた。
「……そこまで!」
教師の声が響く。
一拍遅れて、大きなどよめきが演習場を満たした。
「勝者、リオン・ヴァルディス!」
令嬢たちの歓声が沸き起こる。
私は木剣を下ろし、息を整えた。
アルゼディウスは地面に片膝をついたまま、私を見上げている。
その青い瞳は驚きよりもむしろ、奇妙な熱を宿していた。
「見事だ、アルゼディウス」
私は素直に言った。「最後まで楽しかった」
すると彼は、しばらく黙ってから口を開いた。
「……お前の剣は、美しいな」
観覧席がしんと静まる。
まるで演習場の空気が一瞬で凍りついたようだった。
アルゼディウス・クラウゼルが、誰かを褒めた。
しかも、あの無表情で有名な彼が、はっきりと。
「そうか?」
「ああ。強く、美しい」
その言葉に、なぜか頬が少し熱くなった。
剣を褒められるのは嬉しい。
私は単純なので、わかりやすく機嫌が良くなる。
「ありがとう。君の剣も洗練されている。無駄がなくて好みだ」
その瞬間、観覧席のあちこちで「まあ……!」と黄色い悲鳴が上がった。
アルゼディウスはなぜか動きを止めた。耳が、ほんの少しだけ赤い。
熱でもあるのだろうか。
◇
その日の放課後、私は資料室に向かっていた。
午後の演習の件で、教師から参考文献を探してくるよう頼まれたのだ。
校舎の廊下は人も少なく、窓から差し込む夕日が長い影を作っている。
すると角を曲がった先で、鋭い声が聞こえた。
「やめてください……!」
若い令嬢の声だ。
私は反射的に足を速めた。
中庭へ続く裏回廊で、上級生らしい男子生徒が二人、魔法科の令嬢を囲んでいる。
「少しくらい付き合えよ」
「お高くとまるなって」
令嬢は壁際に追い詰められ、顔をこわばらせていた。
「何をしている」
私が割って入ると、男子生徒たちが舌打ちする。
「なんだよ、リオン」
「お前には関係ないだろ」
「関係ある。嫌がっている女性を囲むのは感心しないな」
「はっ、女に媚びてばかりの優等生が」
片方が私の胸倉をつかもうと手を伸ばした瞬間、私はその手首をひねり上げた。
短い悲鳴が上がる。
「痛っ……!」
「忠告しておく。女性への無礼はやめろ」
静かに言うと、もう片方が顔をしかめて後ずさった。
二人は捨て台詞もそこそこに逃げていく。
私は令嬢に向き直った。
「大丈夫か」
「は、はい……ありがとうございます、リオン様」
彼女は震える声で言い、目に涙を滲ませた。
「怖い思いをしたな。だが、君はよく声を上げた。立派だ」
そう言うと、令嬢はぽかんとした後、みるみる顔を赤くした。
「そ、そんな……っ」
「一人で戻れるか?」
「は、はい……!」
頭を下げて去っていく背中を見送り、私はふうと息をついた。
「やはり、お前はそういう男なんだな」
低い声に振り向くと、柱の影にアルゼディウスが立っていた。
「見ていたのか」
「ああ」
「なら、手伝ってくれてもよかったんじゃないか?」
「必要なかった」
「それもそうだ」
私が笑うと、彼は無言で近づいてきた。
距離が妙に近い。長身のせいで圧がある。
「……お前は、いつもそうやって女を助けるのか」
「助けられるなら助ける。女性だからというより、困っている人を放っておけないだけだ」
「そうか」
彼は私の顔を見つめたまま、少しだけ眉を緩めた。
「だが、お前は女に甘い」
「そうだろうか」
「甘い。褒めるし、守るし、近い」
なぜか不機嫌そうな声音だ。
「敬意を払っているだけだ。女性は誰でも美しいからな」
「……美しいものが好きなのか」
「好きだ。強くて美しいものは特に」
するとアルゼディウスがぴたりと足を止めた。
青い瞳がじっと私を射抜く。
「なら、お前は自分のことをどう思っている」
「私か?」
「そうだ」
「別に。私は剣を磨きたいだけだ」
そう答えると、彼はなぜか長く息を吐いた。
「自覚がないのか」
「何の?」
「……いや。なんでもない」
わけのわからない男だ。
◇
翌日から、学園の空気が少しおかしくなった。
朝、教室へ入れば私の机の上に花束が置かれている。
廊下を歩けば「昨日のリオン様、素敵でしたわ」と令嬢たちが集まってくる。
しまいには食堂で席に着いた途端、前後左右を令嬢に囲まれた。
いつものことだが、今日はなぜか視線がさらに多い。
原因はすぐにわかった。
食堂の入り口に、黒髪の青年が立っていたからだ。
アルゼディウスである。
しかも彼は、まっすぐこちらへ歩いてくると、当然のように私の隣に座った。
周囲がしんと静まり返る。
「……何をしている」
私は率直に訊ねた。
「昼食だ」
「それは見ればわかる。なぜ私の隣だ」
「隣が空いていた」
いや、空いていたのは偶然ではない。
令嬢たちがアルゼディウスを見て自主的に空けたのだ。
そう言いたかったが、彼はまるで気にした様子もなくパンをちぎっている。
令嬢たちの視線は明らかに興奮と動揺に満ちていた。
「リオン様とアルゼディウス様が並んでいらっしゃる……」
「尊いですわ……」
「でも、リオン様の隣は本来、わたくしたちのものでは……?」
何か不穏な声も聞こえる。
「お前はいつもこうなのか」
アルゼディウスが前方を見たまま言う。
「こう、とは?」
「女に囲まれている」
「……否定はできないな」
「楽しそうだ」
「いや、少し困っている」
「なら、俺の隣にいればいい」
私は思わず彼を見た。
「何?」
アルゼディウスは平然とスープを口に運ぶ。
「お前が女に囲まれて困るなら、俺の隣にいればいい」
「それは解決になっているのか?」
「少なくとも、今は静かだ」
確かに静かだ。静かすぎるくらいだ。
私たちのやり取りを聞いていた令嬢たちが、全員そわそわと揺れている。なぜだ。
そこへ、鈴のように澄んだ声が割って入った。
「ずいぶん堂々と抜け駆けをなさるのね、アルゼディウス様」
ルバイラだった。
彼女は優雅にトレイを置くと、私の向かいへ腰かける。
銀髪がさらりと肩を流れ、周囲の空気がまた別の意味で華やいだ。
「ルバイラ」
「ごきげんよう、リオン」
にこりと笑うその顔は美しいが、目が笑っていない。
「昨日からあなたのことばかり聞くの。大変ね、人気者は」
「その言い方だと他人事のようだが、ルバイラも人気者だろう」
「私はあなたほどではないわ」
なぜかアルゼディウスと同じことを言う。
ルバイラはアルゼディウスに視線を向けた。
「ところで、クラウゼル公子。リオンはわたくしの幼なじみなの。あまり困らせないでくださる?」
「困らせるつもりはない」
「でも、執着なさっているように見えるわ」
ぴたりと食堂の空気が止まった。
私はパンを落としかけた。
「執着?」
「ええ」
ルバイラは扇を口元に当て、楽しそうに微笑む。
「昨日からずっとリオンのことをご覧になっているでしょう?」
アルゼディウスは一瞬だけ黙り、否定しなかった。
私はますます混乱する。
「見ていたのか?」
「ああ」
「なぜ?」
「目に入るからだ」
「それは私が大きいからか?」
「……違う」
少しだけ低くなった声に、ルバイラの笑みが深まった。
「まあ。自覚がないのは罪ね、リオン」
「だから何の話だ」
「そのままよ」
二人とも、なぜこう含みのある言い方をするのだろう。
◇
数日後、学院では春季舞踏会が開かれることになった。
貴族学院の恒例行事であり、社交の一環でもある。
騎士科の生徒も参加は義務だ。
男装中の私にとっては厄介極まりない催しだったが、欠席はできない。
当日、私は最低限だけ身支度を整え、男子用の正装で会場へ向かった。
大広間は金の燭台と無数の花で飾られ、音楽が優雅に流れている。
色とりどりのドレスをまとった令嬢たちが集い、その中心に立つ私は、なぜかまた囲まれていた。
「リオン様、今夜も素敵ですわ」
「その正装、本当にお似合い……」
「一曲、お願いできますか?」
「順番なら」
と答えた瞬間、令嬢たちの目が輝く。
どうやら全員と踊る流れになったらしい。なんてことだ。
ちょうどそのとき、大広間の入り口がざわついた。
黒の礼装をまとったアルゼディウスが姿を現したのである。
普段の制服姿よりもいっそう研ぎ澄まされて見え、周囲の令嬢たちがほう、と息を漏らす。
だが彼は誰にも目を向けず、一直線にこちらへ歩いてきた。
そして私の前で止まる。
「一曲、もらう」
差し出された手を見て、私は目を瞬いた。
「私に?」
「ああ」
「先約が」
「まだ受けていないだろう」
たしかに曖昧にしか返していない。
令嬢たちが固唾を呑んで見守る中、私は少し考えた。
アルゼディウスと踊れば、令嬢たちへの対応をいったん避けられる。悪くない案だ。
「わかった」
私が手を重ねると、大広間のあちこちで悲鳴のような歓声が上がった。
アルゼディウスの手は大きく、熱かった。
彼は私をホールの中央へ導くと、驚くほど丁寧にリードした。
無口で不器用な男だと思っていたが、踊りは完璧だ。
「上手いな」
私が言うと、彼は一瞬だけ視線を逸らした。
「……当然だ」
「だが、優しい」
「お前が転ばないようにしているだけだ」
「私はそう簡単に転ばないぞ」
「知っている」
音楽に合わせて一歩、二歩。至近距離で見れば、彼の睫毛は思ったより長い。整った顔立ちに冷たい印象があるのに、ふとした瞬間に、どうしようもなく真っ直ぐな表情をする。
「アルゼディウス」
「なんだ」
「なぜ君は、こんなに私に構う?」
思い切って尋ねると、彼はしばらく沈黙した。
やがて、低く告げる。
「強いからだ」
「それだけか?」
「……美しいからでもある」
今度こそ私は言葉を失った。
心臓が妙にうるさい。
「私は男だが」
「知っている」
「それなのに?」
「ああ」
迷いのない返答だった。
「お前は強くて、美しい。女に媚びず、女を見下さず、誰よりも女を尊重している。そんな奴を、初めて見た」
私は息を止める。
彼の声には熱があった。静かで、けれどごまかしようのない本気の色が滲んでいる。
「だから見てしまう。追ってしまう。近づきたくなる」
音楽が終わる。
なのに彼は、私の手を離さなかった。
「リオン」
青い瞳が、まっすぐに私を射抜く。
「お前を誰にも渡したくない」
その瞬間、大広間の空気が弾けた。
「まああああ!?」
「言いましたわ! 今、言いましたわよね!?」
「アルゼディウス様が、リオン様に……!?」
令嬢たちの悲鳴と歓声が入り乱れる。
私は完全に固まっていた。
「な、何を言っているんだ君は」
「そのままの意味だ」
「そのままでは困る」
「なぜ」
「なぜと言われても!」
男装している身で、貴公子から人前でそんな宣言をされて困らないわけがない。
――そこへ、よく通る声が割り込んだ。
「困るに決まっているでしょう。だってリオンは女性ですもの」
広間が一瞬で静まり返った。
声の主は、ルバイラだった。
「リオンの本名は『リオネッタ』と言いますの。正真正銘の女性ですわ。」
銀の髪を揺らしながら歩み寄るその姿は、夜会の光の中でひときわ目を引く。
彼女は私の隣に並ぶと、当然のように私の腕へ手を添えた。
「ルバイラ!?」
「隠し通すのも大変でしょうし、もういいでしょう?」
「よくない!」
だが遅かった。周囲は騒然としている。
「えっ、リオン様って女性!?」
「まあ……! それであの格好よさ……?」
「むしろ最高では……?」
最後の一言は誰だ。
私は額を押さえたくなった。
アルゼディウスはというと、驚いたように目を見開き、それからゆっくり私を見た。
視線が髪、瞳、顔立ちへと落ちる。
その真剣なまなざしに、なぜか居たたまれなくなる。
「……本当か」
低い声で問われ、私は観念した。
「……ああ。本当だ」
すると彼は数秒黙り込み、やがて額に手を当てた。
「そうか」
「驚いたか」
「ああ。だが――」
彼はすぐに顔を上げた。その瞳に迷いはなかった。
「なおさら問題ない」
「問題しかないが?」
「ない」
きっぱり言い切られ、私は言葉を失う。
ルバイラがふっと笑った。
「わたくしには問題があるわ。だってリオネッタは、昔からわたくしのものになってくれる予定でしたもの」
「初耳だぞ!?」
「言っていないもの」
さらりと恐ろしいことを言う。
しかも周囲の令嬢たちが色めき立った。
「ルバイラ様まで……!?」
「まさかの三角関係ですの!?」
「いいえ四角では? わたくしたちもおりますし!」
だから最後の一言は誰だ。
頭痛がしてきた。
私はこの場から逃げたくて仕方がないのに、両脇を完全に塞がれている。
片や黒髪の貴公子。片や銀髪の令嬢。逃げ場がない。
「リオン――。いや、リオネッタ嬢」
アルゼディウスが、今度は本名で呼んだ。
その響きに、胸が小さく揺れる。
「男でも女でも関係ない。俺はお前がいい」
真っ直ぐすぎる言葉だった。
ルバイラも負けじと、私の腕に指先を絡める。
「わたくしもよ。あなたが女性だと知っていても、ずっと好きだったわ」
「ずっと、とは」
「子どもの頃から」
なんという告白大会だ。
私は盛大にため息をついた。
「……どうしてこうなる」
すると、大広間のあちこちから令嬢たちの声が飛ぶ。
「リオネッタ様、頑張ってくださいませ!」
「どちらを選ぶのか見守りますわ!」
「でも、わたくしたちもリオネッタ様が大好きです!」
そこまで言われると、もはや笑うしかなかった。
私は肩を落とし、そして諦め半分で言う。
「とりあえず、今夜のところは離れてくれ。私は一人でいたい」
「断る」
アルゼディウスが即答した。
「断るわ」
ルバイラも即答した。
「なぜだ!」
「お前が誰かに連れていかれたら困る」
アルゼディウスが真顔で言う。
「あなた、油断するとすぐ誰かを褒めて口説くでしょう?」
ルバイラが涼しい顔で続けた。
「だから逃がさないわ」
その一言に、令嬢たちが一斉に頬を染める。
「まあ……執着ですわ……!」
「最高ですわ……!」
最高なのか。私にはさっぱりわからない。
ただ、二人の手が離れないことだけはよくわかった。
片方は熱く、大きい手。
もう片方はしなやかで、けれど驚くほど強い指先。
舞踏会の華やかな音楽が、再び流れ始める。
私は遠い目になりながら、天井のシャンデリアを見上げた。
騎士になるために男装して入った学園で、なぜ女子にモテて、なぜ貴公子に執着され、なぜ幼なじみの令嬢に恋人のように扱われているのだろう。
理解はできない。
だが、二人の真剣な眼差しを見ると、完全に振り払うこともできなかった。
「……言っておくが、私は簡単には靡かないぞ」
そう告げると、アルゼディウスはわずかに目を細めた。
「構わない」
ルバイラは優雅に笑う。
「そのくらいでなければ、あなたらしくないもの」
その返答に、私はとうとう吹き出した。
ああ、面倒だ。
けれど――悪くない、かもしれない。
翌日から、アストラディア貴族学院では新たな噂が広まった。
「かわいさのかけらもない」と言われた男装令嬢は、やはり今日も学園で女子にモテすぎている。
しかも、冷徹貴公子と銀髪令嬢が本気で取り合っているらしい。
そして私は今日もまた、中庭で令嬢たちに囲まれていた。
「リオン様。今日も素敵ですわ!」
「ありがとう。君の笑顔もとても綺麗だ」
「きゃあ……!」
しかし。
「リオネッタ」
「リオン」
左右から同時に呼ばれ、私はぴたりと固まる。
黒髪の貴公子と、銀髪の令嬢が並んでこちらへ歩いてくる。
どちらも逃がす気はなさそうだ。
私は空を仰いだ。
どうやら私の学園生活は、しばらく平穏とは無縁らしい。
けれど、剣も恋も、退屈よりはよほどいい。
そう思ってしまった時点で、たぶん私はもう、この騒がしい日々を嫌いではなくなっていたのだろう。




