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「かわいさのかけらもない」と言われた男装令嬢、学園で女子にモテすぎていたら冷徹貴公子に執着されました

作者: 棗 月雫
掲載日:2026/03/30

 


 アストラディア貴族学院の昼休み、中庭は今日も華やかなざわめきに満ちていた。


 咲き誇る白薔薇のアーチの下で、私は令嬢たちに囲まれている。


「リオン様、先ほどの剣術演習、とても素敵でした……!」


「ありがとうございます。ですが、あなたの魔力制御も見事でしたよ。最後の一撃、あれだけ繊細に風を操れる方はそういません」


「そ、そんな……!」


 頬を染めた令嬢がぱたぱたと扇を揺らす。


すると、その隣にいた別の令嬢がすかさず身を乗り出した。


「リオン様、わたくしの新しい髪飾りはいかがですか?」


「よくお似合いです。青い石が瞳の色を引き立てていますね。選んだあなたの趣味がいい」


「きゃあ……!」


 ……ただ見たままを口にしただけなのだが、なぜか周囲の熱量がどんどん上がっていく。




 私は小さく息をついた。


 本当の名は、リオネッタ・ヴァルディス。


 ヴァルディス公爵家の娘であり、れっきとした令嬢だ。


 だが今、この学院では私は男装している。名も姿も少し変え、「リオン・ヴァルディス」として騎士科に所属していた。



 ――理由は単純だ。


 騎士科は男子しか入れないから。



 幼い頃、盗賊に襲われた私を救ってくれた女性騎士に憧れた。


あの人のように強く、美しく、誰かを守れる騎士になりたい。


そのためには、この学院の騎士科に入るしかなかった。


 だから男装した。それだけだ。




 なのに、どういうわけか私は学園中の女子にやたらと人気がある。


 昔から言われてきた言葉がある。


 ――かわいさのかけらもない令嬢。


剣ばかり振っていて、刺繍もお茶会も苦手だ。

ふわふわした愛らしさとは縁遠い。その自覚はある。


 だが、かわいくないからこそ、なぜ女子にモテるのかがわからない。


「リオン様、今度、剣の握り方を教えてくださいませ」


「もちろん。ですが無理はいけません。手を痛めると困るでしょう?」


「まあ……お優しい」


 令嬢たちがきらきらした目で見上げてくる。


 私は首を傾げた。


 褒めるべきところは褒める。困っているなら助ける。




それは当然のことだろう。特に女性には敬意を払うべきだと、私は本気で思っている。

強い女性など、なおさら素晴らしい。


 そうしているうちに、いつのまにか「リオン様親衛隊」なるものまで結成されてしまっていた。


どうしてそうなった。




「……相変わらず、罪作りね」


 艶のある声がして、令嬢たちがさっと左右に分かれる。


 現れたのは、銀髪をゆるやかに結い上げた美しい令嬢だった。

陽の光を受けて輝くその髪と、紫水晶のような瞳は、一度見たら忘れられない。


 ルバイラ・クラルス。


 クラルス侯爵家の令嬢であり、社交界でも名高い才媛。


ルバイラとは幼い頃からの付き合いで、男装の秘密も知っている数少ない人物だ。


「ルバイラ」


「また女の子たちを口説いていたの?」


「口説いてはいない。事実を述べていただけだ」


「それを世間では口説くと言うのよ、リオネッタ」


 男装名ではなく本名で呼ばれ、私は眉を寄せた。


「ここではリオンだ」


「二人きりでも?」


「……今は二人きりではないだろう」


 周囲の令嬢たちが、ルバイラと私を見比べてそわそわしている。

中には「お似合い……」などと囁く者までいて、どう返せばいいのかわからない。


 ルバイラはそんな周囲を一瞥し、ふっと唇を上げた。


「まあいいわ。午後の実戦演習、見に行くから負けないでちょうだい」


「負けるつもりはない」


「知っているわ」


 その言い方が妙に柔らかくて、私は少しだけ視線を逸らした。


 ルバイラとは幼い頃からの付き合いだ。

彼女は昔から、私の無茶も秘密も知っている。


そして昔から、妙に距離が近い。


 だがそのことを深く考えようとした瞬間、中庭のざわめきが不意に変質した。


「……アルゼディウス様」


 誰かが息を呑むように名をこぼす。


 振り返ると、中庭の石畳の先に、一人の青年が立っていた。


 黒髪。切れ長の青い瞳。長身を包む騎士科の制服は隙なく整い、その姿は冷たい彫像のように端正だ。


歩くだけで周囲の空気が張り詰める。


 アルゼディウス・クラウゼル。


 クラウゼル公爵家の嫡男。騎士科首席候補と名高い、学院きっての貴公子である。


 近寄りがたい。冷徹。無口。そんな噂ばかりを聞く男だ。


 そのアルゼディウスが、まっすぐ私を見ていた。


「リオン・ヴァルディス」


 低い声で名前を呼ばれ、私は思わず背筋を伸ばす。


「なんだ」


「午後の演習、俺の相手をしろ」


 周囲がどよめいた。


 アルゼディウスが自分から誰かを指名することなど滅多にない。しかも、その相手は私だ。


「望むところだ」


 私が即答すると、彼はほんのわずかに目を細めた。


 それが笑みだと気づいた者は、ほとんどいなかっただろう。


    ◇


 アストラディア貴族学院の実戦演習場は、半円形の観覧席に囲まれた広い石造りの空間だ。


 騎士科の演習は人気が高い。

特に今日のように、アルゼディウスと私が手合わせをするとあってはなおさらだった。

観覧席は、いつのまにか令嬢たちで埋め尽くされている。


「リオン様ー! 頑張ってくださいませ!」


「アルゼディウス様も素敵……でも今日はリオン様を応援いたしますわ!」


「どちらが勝っても眼福ですわね……!」


 教師が苦笑している。


私は木剣を肩に担ぎ、演習場の中央へ向かった。


向かいからアルゼディウスが歩いてくる。

長い脚運びは無駄がなく、ただ歩くだけで強者とわかる。


「ずいぶん注目されているな」


 彼が言った。


「君もだろう」


「俺は違う」


「何がだ?」


「……お前ほどではない」


 意味がわからず、私は首を傾げた。

すると彼は少しだけ眉間に皺を寄せた。どうやら機嫌を損ねたらしい。ますますわからない。


 開始の合図が鳴る。


 私は迷わず踏み込んだ。


先手必勝。


真正面から打ち込むと、彼は流れるように受け流す。



重い。

鋭い。


だが心地よい。



剣を交えるたび、相手の癖と体重移動が伝わってくる。


 ――強い。


 思わず口元が上がった。


「いいな、アルゼディウス!」


「……楽しそうだな」


「強い相手と剣を交えるのは好きだ」


「そうか」


 次の瞬間、彼の踏み込みがさらに深くなる。


 速い。だが読める。


 私は身をひねって刃をかわし、返す木剣で彼の肩口を狙った。


けれど、その一撃はぎりぎりで受け流され、逆に脇腹を狙われる。


そこで一歩引くのではなく、私はあえて懐に飛び込んだ。



 観覧席から悲鳴が上がる。


 至近距離なら長い剣筋は活かしにくい。


私は彼の腕を払い、体勢を崩して足を払う。


アルゼディウスは倒れこむ寸前で体をひねったが、その胸元へ私は木剣の切っ先を突きつけていた。



「……そこまで!」


 教師の声が響く。




 一拍遅れて、大きなどよめきが演習場を満たした。


「勝者、リオン・ヴァルディス!」


 令嬢たちの歓声が沸き起こる。


 私は木剣を下ろし、息を整えた。


アルゼディウスは地面に片膝をついたまま、私を見上げている。


その青い瞳は驚きよりもむしろ、奇妙な熱を宿していた。


「見事だ、アルゼディウス」


 私は素直に言った。「最後まで楽しかった」


 すると彼は、しばらく黙ってから口を開いた。


「……お前の剣は、美しいな」



 観覧席がしんと静まる。


 まるで演習場の空気が一瞬で凍りついたようだった。



 アルゼディウス・クラウゼルが、誰かを褒めた。


しかも、あの無表情で有名な彼が、はっきりと。


「そうか?」


「ああ。強く、美しい」


 その言葉に、なぜか頬が少し熱くなった。


 剣を褒められるのは嬉しい。


私は単純なので、わかりやすく機嫌が良くなる。


「ありがとう。君の剣も洗練されている。無駄がなくて好みだ」


 その瞬間、観覧席のあちこちで「まあ……!」と黄色い悲鳴が上がった。



 アルゼディウスはなぜか動きを止めた。耳が、ほんの少しだけ赤い。


 熱でもあるのだろうか。


    ◇


 その日の放課後、私は資料室に向かっていた。


 午後の演習の件で、教師から参考文献を探してくるよう頼まれたのだ。


校舎の廊下は人も少なく、窓から差し込む夕日が長い影を作っている。


 すると角を曲がった先で、鋭い声が聞こえた。


「やめてください……!」


 若い令嬢の声だ。


 私は反射的に足を速めた。


中庭へ続く裏回廊で、上級生らしい男子生徒が二人、魔法科の令嬢を囲んでいる。


「少しくらい付き合えよ」

「お高くとまるなって」


 令嬢は壁際に追い詰められ、顔をこわばらせていた。


「何をしている」


 私が割って入ると、男子生徒たちが舌打ちする。


「なんだよ、リオン」

「お前には関係ないだろ」


「関係ある。嫌がっている女性を囲むのは感心しないな」


「はっ、女に媚びてばかりの優等生が」


 片方が私の胸倉をつかもうと手を伸ばした瞬間、私はその手首をひねり上げた。


短い悲鳴が上がる。


「痛っ……!」


「忠告しておく。女性への無礼はやめろ」


 静かに言うと、もう片方が顔をしかめて後ずさった。


二人は捨て台詞もそこそこに逃げていく。


 私は令嬢に向き直った。


「大丈夫か」


「は、はい……ありがとうございます、リオン様」


 彼女は震える声で言い、目に涙を滲ませた。


「怖い思いをしたな。だが、君はよく声を上げた。立派だ」


 そう言うと、令嬢はぽかんとした後、みるみる顔を赤くした。


「そ、そんな……っ」


「一人で戻れるか?」


「は、はい……!」


 頭を下げて去っていく背中を見送り、私はふうと息をついた。




「やはり、お前はそういう男なんだな」


 低い声に振り向くと、柱の影にアルゼディウスが立っていた。


「見ていたのか」


「ああ」


「なら、手伝ってくれてもよかったんじゃないか?」


「必要なかった」


「それもそうだ」


 私が笑うと、彼は無言で近づいてきた。


距離が妙に近い。長身のせいで圧がある。


「……お前は、いつもそうやって女を助けるのか」


「助けられるなら助ける。女性だからというより、困っている人を放っておけないだけだ」


「そうか」


 彼は私の顔を見つめたまま、少しだけ眉を緩めた。


「だが、お前は女に甘い」


「そうだろうか」


「甘い。褒めるし、守るし、近い」


 なぜか不機嫌そうな声音だ。


「敬意を払っているだけだ。女性は誰でも美しいからな」


「……美しいものが好きなのか」


「好きだ。強くて美しいものは特に」



 するとアルゼディウスがぴたりと足を止めた。

青い瞳がじっと私を射抜く。


「なら、お前は自分のことをどう思っている」


「私か?」


「そうだ」


「別に。私は剣を磨きたいだけだ」


 そう答えると、彼はなぜか長く息を吐いた。


「自覚がないのか」


「何の?」


「……いや。なんでもない」


 わけのわからない男だ。


    ◇


 翌日から、学園の空気が少しおかしくなった。


 朝、教室へ入れば私の机の上に花束が置かれている。


廊下を歩けば「昨日のリオン様、素敵でしたわ」と令嬢たちが集まってくる。


しまいには食堂で席に着いた途端、前後左右を令嬢に囲まれた。


 いつものことだが、今日はなぜか視線がさらに多い。


 原因はすぐにわかった。


 食堂の入り口に、黒髪の青年が立っていたからだ。


 アルゼディウスである。


 しかも彼は、まっすぐこちらへ歩いてくると、当然のように私の隣に座った。



 周囲がしんと静まり返る。


「……何をしている」


 私は率直に訊ねた。


「昼食だ」


「それは見ればわかる。なぜ私の隣だ」


「隣が空いていた」


 いや、空いていたのは偶然ではない。

令嬢たちがアルゼディウスを見て自主的に空けたのだ。


 そう言いたかったが、彼はまるで気にした様子もなくパンをちぎっている。


令嬢たちの視線は明らかに興奮と動揺に満ちていた。


「リオン様とアルゼディウス様が並んでいらっしゃる……」

「尊いですわ……」

「でも、リオン様の隣は本来、わたくしたちのものでは……?」


 何か不穏な声も聞こえる。


「お前はいつもこうなのか」


 アルゼディウスが前方を見たまま言う。


「こう、とは?」


「女に囲まれている」


「……否定はできないな」


「楽しそうだ」


「いや、少し困っている」


「なら、俺の隣にいればいい」


 私は思わず彼を見た。


「何?」


 アルゼディウスは平然とスープを口に運ぶ。


「お前が女に囲まれて困るなら、俺の隣にいればいい」


「それは解決になっているのか?」


「少なくとも、今は静かだ」



 確かに静かだ。静かすぎるくらいだ。


 私たちのやり取りを聞いていた令嬢たちが、全員そわそわと揺れている。なぜだ。




 そこへ、鈴のように澄んだ声が割って入った。


「ずいぶん堂々と抜け駆けをなさるのね、アルゼディウス様」


 ルバイラだった。


 彼女は優雅にトレイを置くと、私の向かいへ腰かける。


銀髪がさらりと肩を流れ、周囲の空気がまた別の意味で華やいだ。


「ルバイラ」


「ごきげんよう、リオン」


 にこりと笑うその顔は美しいが、目が笑っていない。


「昨日からあなたのことばかり聞くの。大変ね、人気者は」


「その言い方だと他人事のようだが、ルバイラも人気者だろう」


「私はあなたほどではないわ」


 なぜかアルゼディウスと同じことを言う。



 ルバイラはアルゼディウスに視線を向けた。


「ところで、クラウゼル公子。リオンはわたくしの幼なじみなの。あまり困らせないでくださる?」


「困らせるつもりはない」


「でも、執着なさっているように見えるわ」


 ぴたりと食堂の空気が止まった。


 私はパンを落としかけた。


「執着?」


「ええ」


 ルバイラは扇を口元に当て、楽しそうに微笑む。


「昨日からずっとリオンのことをご覧になっているでしょう?」


 アルゼディウスは一瞬だけ黙り、否定しなかった。


 私はますます混乱する。


「見ていたのか?」


「ああ」


「なぜ?」


「目に入るからだ」


「それは私が大きいからか?」


「……違う」


 少しだけ低くなった声に、ルバイラの笑みが深まった。


「まあ。自覚がないのは罪ね、リオン」


「だから何の話だ」


「そのままよ」


 二人とも、なぜこう含みのある言い方をするのだろう。


    ◇


 数日後、学院では春季舞踏会が開かれることになった。


 貴族学院の恒例行事であり、社交の一環でもある。


騎士科の生徒も参加は義務だ。


男装中の私にとっては厄介極まりない催しだったが、欠席はできない。


 当日、私は最低限だけ身支度を整え、男子用の正装で会場へ向かった。


 大広間は金の燭台と無数の花で飾られ、音楽が優雅に流れている。


色とりどりのドレスをまとった令嬢たちが集い、その中心に立つ私は、なぜかまた囲まれていた。


「リオン様、今夜も素敵ですわ」

「その正装、本当にお似合い……」

「一曲、お願いできますか?」


「順番なら」


 と答えた瞬間、令嬢たちの目が輝く。


どうやら全員と踊る流れになったらしい。なんてことだ。



 ちょうどそのとき、大広間の入り口がざわついた。


 黒の礼装をまとったアルゼディウスが姿を現したのである。


普段の制服姿よりもいっそう研ぎ澄まされて見え、周囲の令嬢たちがほう、と息を漏らす。


 だが彼は誰にも目を向けず、一直線にこちらへ歩いてきた。


 そして私の前で止まる。


「一曲、もらう」


 差し出された手を見て、私は目を瞬いた。


「私に?」


「ああ」


「先約が」


「まだ受けていないだろう」


 たしかに曖昧にしか返していない。


 令嬢たちが固唾を呑んで見守る中、私は少し考えた。

アルゼディウスと踊れば、令嬢たちへの対応をいったん避けられる。悪くない案だ。


「わかった」


 私が手を重ねると、大広間のあちこちで悲鳴のような歓声が上がった。


 アルゼディウスの手は大きく、熱かった。


彼は私をホールの中央へ導くと、驚くほど丁寧にリードした。

無口で不器用な男だと思っていたが、踊りは完璧だ。


「上手いな」


 私が言うと、彼は一瞬だけ視線を逸らした。


「……当然だ」


「だが、優しい」


「お前が転ばないようにしているだけだ」


「私はそう簡単に転ばないぞ」


「知っている」


 音楽に合わせて一歩、二歩。至近距離で見れば、彼の睫毛は思ったより長い。整った顔立ちに冷たい印象があるのに、ふとした瞬間に、どうしようもなく真っ直ぐな表情をする。


「アルゼディウス」


「なんだ」


「なぜ君は、こんなに私に構う?」


 思い切って尋ねると、彼はしばらく沈黙した。


やがて、低く告げる。


「強いからだ」


「それだけか?」


「……美しいからでもある」


 今度こそ私は言葉を失った。


 心臓が妙にうるさい。


「私は男だが」


「知っている」


「それなのに?」


「ああ」


 迷いのない返答だった。


「お前は強くて、美しい。女に媚びず、女を見下さず、誰よりも女を尊重している。そんな奴を、初めて見た」


 私は息を止める。


 彼の声には熱があった。静かで、けれどごまかしようのない本気の色が滲んでいる。


「だから見てしまう。追ってしまう。近づきたくなる」


 音楽が終わる。


 なのに彼は、私の手を離さなかった。


「リオン」


 青い瞳が、まっすぐに私を射抜く。


「お前を誰にも渡したくない」


 その瞬間、大広間の空気が弾けた。


「まああああ!?」

「言いましたわ! 今、言いましたわよね!?」

「アルゼディウス様が、リオン様に……!?」


 令嬢たちの悲鳴と歓声が入り乱れる。


 私は完全に固まっていた。


「な、何を言っているんだ君は」


「そのままの意味だ」


「そのままでは困る」


「なぜ」


「なぜと言われても!」


 男装している身で、貴公子から人前でそんな宣言をされて困らないわけがない。




 ――そこへ、よく通る声が割り込んだ。


「困るに決まっているでしょう。だってリオンは女性ですもの」



 広間が一瞬で静まり返った。


 声の主は、ルバイラだった。


「リオンの本名は『リオネッタ』と言いますの。正真正銘の女性ですわ。」


 銀の髪を揺らしながら歩み寄るその姿は、夜会の光の中でひときわ目を引く。

彼女は私の隣に並ぶと、当然のように私の腕へ手を添えた。


「ルバイラ!?」


「隠し通すのも大変でしょうし、もういいでしょう?」


「よくない!」


 だが遅かった。周囲は騒然としている。


「えっ、リオン様って女性!?」

「まあ……! それであの格好よさ……?」

「むしろ最高では……?」


 最後の一言は誰だ。


 私は額を押さえたくなった。



 アルゼディウスはというと、驚いたように目を見開き、それからゆっくり私を見た。


視線が髪、瞳、顔立ちへと落ちる。


その真剣なまなざしに、なぜか居たたまれなくなる。


「……本当か」


 低い声で問われ、私は観念した。


「……ああ。本当だ」


 すると彼は数秒黙り込み、やがて額に手を当てた。


「そうか」


「驚いたか」


「ああ。だが――」


 彼はすぐに顔を上げた。その瞳に迷いはなかった。


「なおさら問題ない」


「問題しかないが?」


「ない」


 きっぱり言い切られ、私は言葉を失う。


 ルバイラがふっと笑った。



「わたくしには問題があるわ。だってリオネッタは、昔からわたくしのものになってくれる予定でしたもの」


「初耳だぞ!?」


「言っていないもの」


 さらりと恐ろしいことを言う。



 しかも周囲の令嬢たちが色めき立った。


「ルバイラ様まで……!?」

「まさかの三角関係ですの!?」

「いいえ四角では? わたくしたちもおりますし!」


 だから最後の一言は誰だ。



 頭痛がしてきた。


私はこの場から逃げたくて仕方がないのに、両脇を完全に塞がれている。


片や黒髪の貴公子。片や銀髪の令嬢。逃げ場がない。


「リオン――。いや、リオネッタ嬢」


 アルゼディウスが、今度は本名で呼んだ。


 その響きに、胸が小さく揺れる。


「男でも女でも関係ない。俺はお前がいい」


 真っ直ぐすぎる言葉だった。


 ルバイラも負けじと、私の腕に指先を絡める。


「わたくしもよ。あなたが女性だと知っていても、ずっと好きだったわ」


「ずっと、とは」


「子どもの頃から」


 なんという告白大会だ。


 私は盛大にため息をついた。


「……どうしてこうなる」


 すると、大広間のあちこちから令嬢たちの声が飛ぶ。


「リオネッタ様、頑張ってくださいませ!」

「どちらを選ぶのか見守りますわ!」

「でも、わたくしたちもリオネッタ様が大好きです!」


 そこまで言われると、もはや笑うしかなかった。



 私は肩を落とし、そして諦め半分で言う。


「とりあえず、今夜のところは離れてくれ。私は一人でいたい」


「断る」


 アルゼディウスが即答した。


「断るわ」


 ルバイラも即答した。


「なぜだ!」


「お前が誰かに連れていかれたら困る」


 アルゼディウスが真顔で言う。


「あなた、油断するとすぐ誰かを褒めて口説くでしょう?」


 ルバイラが涼しい顔で続けた。


「だから逃がさないわ」


 その一言に、令嬢たちが一斉に頬を染める。


「まあ……執着ですわ……!」

「最高ですわ……!」


 最高なのか。私にはさっぱりわからない。



 ただ、二人の手が離れないことだけはよくわかった。


 片方は熱く、大きい手。


もう片方はしなやかで、けれど驚くほど強い指先。


 舞踏会の華やかな音楽が、再び流れ始める。


 私は遠い目になりながら、天井のシャンデリアを見上げた。


 騎士になるために男装して入った学園で、なぜ女子にモテて、なぜ貴公子に執着され、なぜ幼なじみの令嬢に恋人のように扱われているのだろう。



 理解はできない。


 だが、二人の真剣な眼差しを見ると、完全に振り払うこともできなかった。


「……言っておくが、私は簡単には靡かないぞ」


 そう告げると、アルゼディウスはわずかに目を細めた。


「構わない」


 ルバイラは優雅に笑う。


「そのくらいでなければ、あなたらしくないもの」


 その返答に、私はとうとう吹き出した。


 ああ、面倒だ。


 けれど――悪くない、かもしれない。




 翌日から、アストラディア貴族学院では新たな噂が広まった。


 「かわいさのかけらもない」と言われた男装令嬢は、やはり今日も学園で女子にモテすぎている。


しかも、冷徹貴公子と銀髪令嬢が本気で取り合っているらしい。




 そして私は今日もまた、中庭で令嬢たちに囲まれていた。


「リオン様。今日も素敵ですわ!」


「ありがとう。君の笑顔もとても綺麗だ」


「きゃあ……!」



しかし。


「リオネッタ」


「リオン」


 左右から同時に呼ばれ、私はぴたりと固まる。



 黒髪の貴公子と、銀髪の令嬢が並んでこちらへ歩いてくる。


どちらも逃がす気はなさそうだ。




 私は空を仰いだ。


 どうやら私の学園生活は、しばらく平穏とは無縁らしい。


 けれど、剣も恋も、退屈よりはよほどいい。


 そう思ってしまった時点で、たぶん私はもう、この騒がしい日々を嫌いではなくなっていたのだろう。



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