アラームは6時にセットしています
ジリリリリ、と聞き慣れ始めた音が今日も耳へ飛び込んできた。パチリと目を開き、ベッドから起き上がって目覚ましを止める。窓の無いこの部屋には朝日が差し込んでこないので、目覚ましが無いと決まった時間に目を覚ますのが難しいのは少し不便だと思う。
人間には眠くて起きられない朝があるそうだが、私たち魔物は寝惚け眼を擦ることも、大きな欠伸をすることもない。そもそも魔物の身体は、寝ずとも活動できるように作られているのだ。
しかし疲労の概念は存在するようで、蓄積された疲労が原因で判断を誤ったりしないよう、私たち管理職の魔物には一定時間の睡眠が義務とし課せられている。疲労の回復には睡眠が最善とされているからだ。私は夜の三時から朝六時まで睡眠をとるようにしている。日常業務の疲れを回復するにはこれくらいの時間が私にちょうどいい。
かねてより同僚たちにもまとまった時間の休憩を勧めているのだが、最近は戦闘もめっきりなく、復旧に向けた作業が主となっているため、中々みんな休んでくれない。何かリフレッシュになるようなイベントを企画した方が良いのか。相談してみよう。
私が眠っていたこの部屋は、睡眠を取るために管理職以上の地位の魔物へ割り振られた自室だ。睡眠以外の時間に立ち入ることは殆どないため、置かれているものも必要最低限のものだけで、目覚ましと着替えぐらいだ。
ベッドから降り、壁に掛けられている白いシャツを身につけた。雑務係に洗ってもらったシャツはシワひとつなくパリッと仕上がっており、すんなりと腕を通すことができた。
次いで、一緒に掛けられていた黄色と黒ののストライプのネクタイを巻く。色によって意味合いが変わると聞いたことがあるが、私たち魔物にそんなことに詳しいものは居ないだろう。私もよくは知らないのだが、職場の魔物たちとの会話のタネになるだろうか、今度調べてみよう。
シャツの横に掛けられていたスーツを手に取る。飾り気のない黒の上下。デザインが好みだったので、ジャケットはボタンが二つあるダブルのものを。パンツは模様の無いシンプルなものを選び、同じものを数着揃えて交代で着ている。元々は城のクローゼットに仕舞われていたものだと聞いたが、今や人間には不必要だろうと、支部長に就任した際に上司からいただいた。
我々魔物たちには人間と違い毛皮を備えているため基本的には服を着る必要はないのだが、スーツを身につけると気が引き締まるし、若輩者の私でもそれなりにまともに見えそうだから、私は着用するようにしている。
我々魔物が生み出された50年前はほとんどの魔物が衣服を身につけていなかったが、今やほとんどの魔物が簡単な衣服や鎧を身につけており、裸(それでも毛皮で覆われているので基本的に素肌は見えないのだが)で歩いているのは砦や群れに属していない魔物ぐらいなものだ。
私にとってのいわゆる『朝の支度』というものは、これでもうおしまいだ。人間たちの支度にはもっと工程があると聞くが、魔物たちの間では最低限の身嗜みさえなっていれば後は問題ない。
最低限の基準というものは種族によって少し異なるのだが、恐らく誰もそこまで気にしてはいないと思う。なんせ、定期的に口の端から涎を垂らしているやつや生まれてこの方身体を洗った事のないやつが職場に居るが、その事への不平不満を聞いたことはなかったからだ。
「あぁ、ヒゲだけ確認しますか」
ふと思い出し、壁の鏡を見た。鼻の上から左右に分かれて三本ずつ生えているヒゲの長さを確認する。私たち#ネズミ__・__#をルーツとする魔物たちにとってこのヒゲは触覚センサーの役割を果たしており、だいたい10センチ前後に整えるのが見栄えの良さとセンサー機能を両立できる最善の長さだと父から教わったので、それだけは気にするようにしていた。
「うん、大丈夫」
概ね問題ないことを確認して、部屋の扉を開いた。今日はどんな仕事があっただろうか。朝食を食べながら確認するとしよう。




