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病の窓

目の前に死が迫る。

足は動かない。

手も動かない。

身動きするたびに痛みがあふれ、呼吸するのも一苦労だ。


今、自分は死の淵にいる。


今自分は病に伏している

医者によれば、もう治ることはないだろう、ということだった。


それを聞いたとき、自分は意外にも冷静だった。

しかしこうして死に向かっていると、だんだんと怖くなってくる。

この痛みはいつまで続くのか、もっと苦しくなるのか。

なぜ、なぜ死ぬのか。


そんな思いが日に日に強くなっていく。

本を読んでいても、その思いは晴れることはなかった。

今では気力をなくし、時が過ぎるのを待っている。


ふと窓に目を向ける。開けた窓からは月の光が優しく差し込み、部屋を照らしている。

月の浮かび上がる空が悠然と広がっていた。


しばらくそこを見つめていると、そこに一匹の虫が迷い込んできた。


虫はひらひらと迷いこんできたかと思うと、地面に弱弱しく落ちてきた。

虫は翅を震わせるも、その体が浮かび上がることはない。



どうやら自分と同じのようだった。

虫は懸命に体を動かそうとしている。


そんな姿を見ていると、なんとも哀れに思う。

もう浮かび上がることはない。

再び自由に空を舞うことなどできない。


なのに、なぜまだ抗うのか。


「……哀れだな。まだ生きようとしてるのか」


そんな言葉が漏れる。


すると。

「当然だ」


どこからか声が聞こえた。

驚き、辺りを見渡す。誰もいない。


ならばと思い虫のほうを見る。

虫がこちらを見ている気がした。


「私はまだ生きている。だから動く。私の体はまだ動く。だから生きている。たとえ痛みに苛まれようと」


また声が聞こえた。


虫は翅を震わす。

ふわりと体が浮いて、また沈む。

浮き沈みを何回も繰り返している。



「私の命は短い。今生き延びても、明日は死ぬかもしれない。だから最後まで生ききるのだ。なぜなら私には今しかないからだ。懐かしい過去はすでになく、未来は存在が不確かだ。だが。今だけは確実にある。最後まで生ききるのが、私という命の意味なのだ」


虫が飛びあがり、よろよろとそして力強く、月がかかる空へと翔けていった。


声は聞こえなくなり、ただ静寂だけが辺りを包んでいた。

自分はなぜだが笑えてきた。

悲しくて苦しいのに笑えてきた。

虫の滑稽さか、それとも今の情けない自分の姿にか。

どっちかはわからなかった。


再び窓に目を向けると虫が翔けた空が広がっている。

月は変わらず静かに夜を照らしていた。






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