出口のない家
佳江さんはこの家で育った。
父がこの家を建てた時にはまだ母もいた。
妹と、四人で幸せな子ども時代をここで過ごした。
母は暴力団の幹部に気に入られ、ついて行った。
父は脳梗塞で、佳江さんの見ている前で、コーヒーカップに頭を打ちつけて死んだ。
妹は面倒なことをすべて姉に押しつけて、結婚するからとこの家を出ていった。
この家には出口がない。
表札には『愛』と書いてある。
客人たちは入口から来て、入口から出て、帰っていく。
佳江さんにとっても入口は入口で、ゴミ出しにそこを潜る時にもそれは間違いなく、入口なのだった。
入口を潜って男が入ってきた。
佳江さんの糸にかかった男だった。
次男だった。
彼を迎え入れると、家族が2人増えた。
娘の愛瑠ちゃんが4ヶ月の時、男は恐怖するように、この家の入口から出ていった。
八畳の仏間に、今日も佳江さんは一階から階段を昇り、愛瑠ちゃんを口にぶら下げて、上がってきた。
おっぱいのあたりに色気を感じさせながら、それでも生活感みなぎる必死な顔つきで、四本の脚でやってきた。
愛瑠ちゃんを真上に放り投げると、その隙を狙って身だしなみを整える。
歯ぎしりをしながら唇に紅を塗る。
放り上げた愛瑠ちゃんが落下してくる。
佳江さんは一瞬、考える。
この子を受け止めなかったら、自分は自由になれる。もう、糸を張る必要もなく、裸で外へ飛び出していくことができる。
そう思いながら、佳江さんの八本の脚は、愛瑠ちゃんを受け止める。
豹柄のワンピース姿になっている佳江さんは、愛瑠ちゃんを口からぶら下げながら、
今日も仏間に張った蜘蛛の巣の真ん中に位置どると、
何を考えているのかわからない顔をして、
ただそこで、じっと、開いた仏間の襖を見つめている。
まるでそこが出口だと、信じて妄想するように。