18、狂った女
「俺は前世の記憶がある。無理やり召喚されたからな。」
レイは続けて神に殴りかかる。
「この世界に馴染んでないからな。攻撃通じるよな。」
床から頭を上げることも出来ず、神はヘブヘブ言っている。
「お前は死ぬまで伸びてろ!」
レイは力強く拳を振り上げたが、神がすんでの所で逃げ出した。
レイから距離を取った神が、再び喚き始めた。
「お前だって!何人殺した?魔物は?殺しまくっただろ。仕方ないってか。他にやり方無かったってか。」
「そんなこと思ってない。俺は…。」
「殺しただろ。罪も無いのに。」
「そうだな。俺が死ぬまで背負っていかなきゃならない。」
シュミム王国との戦い、魔族との戦い、帝国との戦い。
戦いに参加した者の中には、訳も分からず参加した者もいただろう。
家族がいただろうし、子供が生まれたばかりも者もいただろう。
それを『敵』というだけで殺した。
自分の奴隷たちに殺すことを強制した。
魔族のことを知っていれば、マオハリたちとも戦わずにいられたかもしれない。
それはレイが死ぬまで背負うべき業となった。
レイは真っすぐ神を見つめている。
「だが後悔は無い。こうやってお前にたどり着いたから。これが終われば魔族との戦いも、人間同士の戦いも無くなるから。」
神の顔が歪む。
レイに精神的なダメージを負わせようとして失敗して焦っているようだ。
レイが再び攻撃を始める。
神を一発殴り、更に二発目を食らわせようとした時だった。
「狂った女。」
神の一言に、レイの拳が止まった。
「狂った女。」
自分の言葉でレイが止まったのが嬉しかったのか、神がニヤニヤと笑っている。
前にキングリッチに言われた言葉だ。
『神の理を外れた者』そして『狂った女』。
自分は確かに前世女だったが、何故狂ったと言われたのか分からなかった。
レイから距離を取った神がヘラヘラしながら言葉を続ける。
「分かってんだろ。分かってないフリしてるけど。自分が狂ってるってこと。」
「そんなこと。」
「都合よく城から兵士が一緒に追い出され。都合よく自分に付いてきて。都合よくソイツの故郷が近くにあって。」
神が言おうとしていることが分かったのか、ザムが青ざめている。
「レイ!奴の話を聞くな。殴ることに集中しろ。」
「都合よく自分のこと信じてて。都合よく自分を裏切らなくって。」
ザムとジャミが何かを言っているが、レイの耳に届かない。
「本当のことから目を逸らさない方が良いよ。周りの人も困ってるよ。」
「レイ!神だけを見ろ。攻撃を続けろ。」
「振り返ってごらんよ。ねえ。」
ザムとジャミが喚いているが、レイの耳に全く届かない。
振り返らない方が良いのは分かっていた。
その方が幸せだから。
だが、振り返られずにはいられなかった。
レイが振り返った時、そこにはザムとジャミだけがいた。




