37、形勢逆転
レイが思わず振り返ると、マイロの首に短剣が押し当てられている。
「動くな。」
その低い声は、今までのガサガサした明るい声とはまるで違っていた。
「やはりお前か。」
マイロの首に短剣を押し当てているクラトースを見てレイが呟く。
「疑ってたか。それでもここまで連れてきたのは何故か。」
クラトースは隙なく周りを見渡している。
「動くなよ。刃に毒を塗ってる。少し傷つけただけで死ぬぞ。」
右手をわずかに動かしたロックをクラトースはけん制する。
玉座後方にある扉が開き、帝国兵がなだれ込んできた。
全員オリハルコン製の装備を身に着けている。
帝国兵がレイたちに襲い掛かろうとしたその時、鋭い笛の音が鳴り響き、周囲に煙が充満した。
何も見えない中、咳込む声だけが辺りから聞こえる。
煙が薄くなり辺りの様子が分かるようになったときには、レイたちの姿は完全に消えていた。
「クラトース!」
「大丈夫です。傷はつけてやりました。」
煙で苦しそうなクラトースが、ラガッシュ11世の問いに答えた。
ディーディーの背中でマイロが苦しそうにしている。
「ゴワッ。空気が。グフッ。」
「しゃべるな、マイロ。かなり高速で飛んでるからな。」
「で、レイ。チルたちと合流すんのか。」
「うん。簡単にはいかない。今日と同じことを何日か繰り返して。チルたちが城に着いてから一気に攻め込む。」
「相手もその間準備するだろうな。」
「まあ、そうだろな。でも俺たちもその間準備するさ。」
レイは腰に付けていた通信袋を取り、スミスに連絡した。
レイたちが戦っている間、スミスを中心に攻撃用魔道具やポーションを作る。
魔法袋を通じてレイたちに供給されることになっている。
このことはザムに教えない。
ザムを通じて神に知られるのを防ぐためだ。
『神の眼』の効果がザムの言った通りとは限らない、¥。
だが用心するに越したことは無い。
1時間ほど飛行してチルと合流することが出来た。
アトラントたち魔族の従魔であるブラックドラゴンのおかげか、大分移動スピードが上がっている。
「レイさん!倒したんですか。」
馬車の窓からチルが顔を覗かせている。
「いや。あともうちょっとだったんだ。」
ディーディーから下りたレイが頭を掻きながら言い訳する。
「帝国相手ですからね。そう簡単じゃないっすね。」
レイを慰めるようにゴゴズが言った。
「で、チルとゴゴズの方は無事だったか。」
「はい。帝国兵には全く襲われませんでした。1こ町あったんですが、門が完全に閉ざされてて入れないようで。でも町から攻撃されることもありませんでした。」
「そうか。良かったな。」
「不気味ですよ。全く襲われないのも。」
チルは首をすくめている。
「おそらくなんだが。」
遠慮がちにザムが話に加わった。
「全兵力が帝都に集められてんだろう。相手も総力戦でってことだろうな。」
「そうすると明日も何かの罠とかあるかもな。」
「だな。明日以降どうするかは親父と話してくれるか。」
「分かった。」
言いたいことをいうと、ザムはディーディーに駆け寄っていった。
「じゃあ、アトラントとチルと話すか。おい、マイロ。大丈夫か。」
ディーディーから下りて四つん這いになったマイロにレイは声をかける。
「オッ。皆さん、何で大丈夫なんですか。あんな風凄いのに。」
「慣れだな。あとレベルが高いからか。」
「私は戦いは得意で無いんで。死ぬかと思いましたよ。」
「首、大丈夫か。」
「何とか。エラさんにお礼言っとかないと。」
マイロは首の皮を剥いだ…ように見えたが、実際には首に巻いていた防具を取っただけだ。
エラ特製のこの防具はブラックドラゴンの皮製で、皮膚のようにみえる。
外側は『切った』感覚が分かるようにオークの皮を使っている。
レイが初めてクラトースに会った時、『胡散臭い』とすぐ思った。
一緒に脱獄したマイロは信用していたようだが、実際にはレイのスキルでは『黒』と判断された男だ。
レイは信用する振りをしてある程度の情報を渡しつつ、側にいるマイロに何かが起こらないように、あらゆる対策を取っていた。
エラ特製の防具もその1つである。
「帝国はマイロが死んだと思うだろうな。」
ロックが四つん這いから大の字に伸びたマイロを見ながら言った。
「だな。もしかしたら、それが俺たちが勝つことにつながるかもしれない。」
レイはマイロに背を向け、これからのことを話すためアトラントの所に向かった。




