26、直感
名門家の夕食にふさわしい料理が次々と出てくる。
中にはタリカ大領では全く見ない海魚の料理まであった。
生魚を酢でしめてオリーブオイルや塩で味付けしたものや、何時間もかけてじっくりと焼いた肉を薄切りにしたものがサクソウの前に並べられる。
肉には今まで食べたことのないソースがかかっていた。
酒を隠し味に使っているのか、濃厚なソースが肉に合う。
料理をひとしきり堪能した後、サクソウはトリーゾとその妻と共に客間へと移動する。
ゆっくりとブドウ酒を味わいながら、食事中は避けていた話題をトリーゾがサクソウに振る。
「そうですか。レベル300を超えていたドインでも勝てなかったと。」
「はい。なので私は魔族を調べているのです。」
「まあ、勇気のあるお方なのね。」
サクソウとトリーゾの会話に、少々ずれたトリーゾの妻が入ってくる。
サクソウは穏やかな笑みを向けて、返事に困る問いかけをかわしていた。
「サクソウ、大変だったんだね。法衣もそのような安物を。私のお古で恐縮ですが、何点か用立てしましょう。」
サクソウの法衣はブラックドラゴンの皮を強度はそのままに極限まで薄く加工し、白い染料で色付けしたものだ。
グリーンドラゴンの皮も使用して重さが全く感じない仕様になっている。
サクソウやレシーアといった魔術師用にスミスが作りあげた装備である。
買おうとすると、それこそ天文学的な数字になる代物だ。
だが素人が見ると安い布で作られた法衣に見えるのだろう。
トリーゾとその妻は憐みの目でサクソウを見つめる。
サクソウはトリーゾに断りの返事をした。
「お気持ちは有難いのですが、私にはこれで十分です。普段は冒険者用の装備をしてますので、このような法衣を着ることは珍しいんで。」
「そうですか。私が贔屓にしている法衣の専門店を紹介しましょうか。」
「いえ、この法衣には思い入れがあるので。お気持ちだけで。」
「そうですか。」
トリーゾはわざとらしく残念そうな顔をした。
法衣の話が終わったのを見計らって、トリーゾの妻が話題を変える。
「ぶしつけなお話なんですが、サクソウ様のレベルはおいくつなんですか。」
魔族や魔物と戦い続けるサクソウの強さが知りたいらしい。
「私はレベル100超えますかね。100を越えてから確認してませんが。」
サクソウはそう答えた瞬間、背中がゾクッとした。
背中一面に鳥肌が立ったような、氷を急に入れられたような感覚に襲われる。
(何だ…これ…。)
目の前には笑みを絶やさないトリーゾと妻がいる。
マズいことを言った。
サクソウは後悔した。
酒が入り、トリーゾではなく妻に問いかけられたことで気が緩んでいたのかもしれない。
「どうなされました?」
顔に出ていたのであろう、トリーゾの妻が心配しているようだ。
「面目ない。弱いのにお酒を飲みすぎたようです。」
サクソウは頬に手を当てて首を振った。
「美味しい料理とお酒を頂いて、少しはしゃいでしまいました。」
サクソウが恥ずかしがっていると思ったのだろう、トリーゾの妻が慰めるように小声で何かを言っている。
トリーゾは召使に水を持ってくるように指示している。
「申し訳ない。お気遣いは不要です。そろそろ帰ろうかと。」
「そうですか。馬車を玄関につけますので、少々お待ちいただけますか。」
気を利かせようとするトリーゾの妻を制止する。
「いえ、夜風に当たりたいので歩いて帰ります。この国は治安が良いので大丈夫でしょう。」
サクソウたちは玄関まで取り留めのない会話をしながら歩いていく。
サクソウはフワフワとした足取りで歩き、玄関で手短に感謝の挨拶をすると外に出た。
恐らく近くに3人の勇者がいるはずだ。
念のために酔ったフリを続けながら、サクソウは大通りを歩いて行った。




