1、手加減無用
ディーディーが力強く飛んでいる。
ミナのレベルは100を優に超えているため、3人の勇者と異なり余裕でディーディーの背中ではしゃいでいる。
「すごーい。はやーい。」
はるか下に大森林が広がっている。
高速で周囲の景色が移り変わる。
タリカ大領とラガッシュ帝国を分断するこの森には、オーガだけではなくサイクロプスという魔物も生息しているという危険な地帯だ。
この大森林がある限り、ラガッシュ帝国はタリカ大領に戦争を仕掛けることは出来ない。
歩いてラガッシュ帝国に行こうとすると1か月以上はかかるところ、ディーディーに乗れば3時間ほどで森を越えることが出来る。
ディーディーの背中で今後の行動を確認する。
ラガッシュ帝国に入ればレイとミナたちは別れて行動することになるからだ。
少しでもタイミングがずれると失敗する可能性が高くなる。
話しているうちに前方右側の山脈に切れ目が入っているのを目視出来た。
ラガッシュ帝国が魔族領を襲う時に使う山道があるところだ。
今はレイとライバの土魔法で塞がれている。
「そろそろ下りるぞ。」
ザムの言葉にディーディーが降下し、低空飛行を始めた。
帝国側から見えないギリギリのところで着地したディーディーから下り、そこから徒歩で帝国を目指すことになる。
ディーディーが下りた場所の近くにハイオーガが何体かいたが、急に降り立ったグレイトドラゴンに怖気づいて、のそのそとどこかに行ってしまった。
「じゃあ、ここから2手に分かれる。ミナ・ジャミ・ライバ気を付けて。」
「うん。レイたちも気を付けて。」
「合図を見逃すな。」
短く言葉を交わし、ミナたちは真っすぐ進んでいった。レイたちは大きく左にそれ、1時間ほど東側に走った後、南に向かった。
このまま進んでいくと、帝国軍が常駐している大きな町に出る。
その町に向かってレイが特大の魔法を撃つつもりだ。
大きく騒ぎを起こし、それを長引かせる。
帝国軍が援軍を要請し、城を含めて大騒ぎになっているうちにミナとジャミとライバが城内に潜入する。
レイとザムは大勢の帝国軍をギリギリまで引き付ける役割を担う。
逃げるタイミングが難しい。
ギリギリまで引き付けないと、別ルートで潜入するミナたちの手助けにならない。
だが捕まってもいけない。
3時間ほど走ると目の前が少し開けてきた。
誰かが森に入り木を切り倒しているのか、いくつか綺麗な切り口の切り株がある。
レイはザムに合図し、走る速度を落とした。
町から見えないギリギリの場所まで来ると、近くの茂みに身を隠す。
2人は周囲を警戒しながらじっと空を見ていた。
日が傾いて山にかかる頃、行動を起こす。
不気味なほど静かだ。
森の中に身を潜めているのに、魔物の声がしない。
町の近くなのだが物音ひとつしない。
レイの隣で身を潜めているザムがゴクリと唾を飲み込んだ。
そのわずかな音さえはっきりと聞こえる。
ザムが小さな声でレイに言葉をかけた。
「加減するな。相手を殺さなきゃ俺たちが死ぬ。」
レイは黙って頷いた。
もう後戻りは出来ない。
覚悟は決まっている。
日が傾き山の上にかかる頃、レイは杖を、ザムは魔剣を持ち、茂みから飛び出した。




