29、スタンピード
レイ不在の旧国境の町は混乱を極めていた。
レイを捕まえようと貴族や騎士団、冒険者たちが押し寄せたからだ。
レイの奴隷であるスミスをはじめ、カンタ・チル・アカニ・ロロなど主要メンバーは、あちらこちらで起こるトラブル対応に追われている。
「くそっ。好き勝手やりやがって。」
スミスが悪態をつきながらゴーレムダンジョンに向かった。
レイがダンジョンに隠れているのではという噂が立ち、管理しているダンジョンに人が押し寄せている。
中で栽培していた薬草が踏み荒らされ、そこら中に冒険者の捨てたゴミが散乱している。
「あともう少しです、スミスさん。タリカさんが早ければ今日にもって言ってましたし。」
側にいるチルがスミスをなだめていた。
奴隷たちの苛立ちも限界に達している。
あと1日遅ければ、奴隷たちが武器を魔法を町に来た連中にぶち当てていただろう。
それは突然起こった。
「うわあああああ。」
ゴーレムダンジョンの中から悲鳴が聞こえ、中から冒険者や騎士団がワラワラと逃げ出してきた。
それを見たスミスは悪い笑みを浮かべている。
「良いぞ。始まったか。」
「ミスリルゴーレムやドラゴン倒せる人なんてそんないませんからね。」
スミスたちは手を出さずに様子を陰から見ていると、今度はドラゴンダンジョンから悲鳴が聞こえてきた。
「おっ。予想に反してドラゴンの方が遅かったか。」
「増えるのに時間かかったんですかねえ。」
のんびりしているスミスたちとは反対に、ドラゴンダンジョンから人々が勢いよく飛び出してくる。
その少し後、色とりどりのドラゴンがダンジョンから空へと飛び立った。
「魔族の時よりは少ないか。」
「そうですね。あの時はブラックドラゴンが多かったですから。」
「まっ。魔族がいないだけマシか。」
「倒します?」
「もうちょっとだな。」
空から地から魔物たちの攻撃を受けて、騎士団や冒険者が逃げ惑っている。
「開けてっ!開けてええ!」
閉鎖された建物に入ろうとする冒険者たち。
「待て!俺を置いてくな!」
「うるせえええ!こっちも命が惜しいんだよ!」
縋り付く貴族を足蹴して一目散に逃げていく騎士団。
まさに地獄絵図といった光景だが、スミスとチルは至って冷静だ。
「宿に逃げ込め!」
誰かの言葉に宿目掛けて人が殺到する。
入り口で将棋倒しになり、下敷きになった冒険者が真っ赤な顔で泡を吹いていた。
宿に入り助かったと思った瞬間、ドカンという轟音が響く。
レッドドラゴンが宿屋を攻撃し、建物の一部が損壊したのだ。
宿の中から悲鳴のようなアカニの声が聞こえてきた。
「皆さん、ここも危険です!逃げてえええええ!」
鬼気迫るアカニの名演技に、スミスとチルは思わず笑った。
「アカニ、演技上手いな。」
「練習したって言ってました。」
「ボホッ。」
スミスが思わず吹き出す。
「じゃあ、仕上げをお願いします。」
チルの言葉にスミスが真面目な顔になる。
スミスは建物の陰から大通りに飛び出すと、魔法袋を口に当てた。
発明家のエラが作った拡声器ならぬ拡声袋だ。
「みんなあ!ここは危険だ。毒の森を抜けて隣の領まで避難しろお!」
スミスの叫びに反射的に反応した人々が、毒の森の方向に一斉に走り出した。
反対側にある旧国境の砦の方が近いのではと思った何人かは、反対方向に走り出す。
だが、砦の陰から丁度良いタイミングでマッチョリザードホーズが出てきた。
筋骨隆々としたリザードホーズの出現に、思わず立ち止まった冒険者や騎士は反対方向に一目散に走り出した。
「この町は終わりだああ。」
「きゃあああ。」
建物の一部が壊れ、中にいた人々の悲鳴が聞こえる。
「走れ!走れ!」
怒号や悲鳴が飛び交い、人々はパニックに陥っている。
レイの指名手配から10日後、タリカ領旧国境の町でスタンピードが発生した。




