25、西へ
ライバ領からセイクルズの拠点に戻ったレイたちをザムと勇者3人が出迎える。
「お帰んなさい。」
何故かショウダイはバツが悪そうな顔をしている。
「…絶対何かあったな?」
「まあ…たぶん…近くの町で黒い幽霊剣士の噂が流れてるかと。」
「はあ。」
レイはため息をついた。
「そう落ち込むな。顔は隠してたからな。」
平然とザムは言う。
聞けばセイクルズの拠点がある森にエル・キャットを探しに来た冒険者たちを、ザム一人で返り討ちにしたらしい。
急遽こしらえた黒い仮面を付けて、死なないまでもボコボコにはしたそうだ。
取り敢えずバレていないようなので、速やかにここを離れることにした。
一晩を過ごした後別の町に行き、冒険者らしく商隊護衛の仕事を受けて、帝国に向かう馬車の警護をしている。
先頭の馬車にレイ・ジャミ・ザムが、最後尾の馬車に3人の勇者とライバが乗っている。
セイクルズはエル・キャットの捜索と保護を続けるらしい。
レイはエラとチルに言って、トホス王国の防壁と家づくりが終わった後の奴隷たちを、セイクルズの拠点に向かわせることにした。
人が多い方がエル・キャットを見つけやすいだろう。
小国群から帝国への街道は出てくる魔物がゴブリンやオークばかりで、レイたちが一瞬で倒すため結構暇を持て余している。
ジャミが警戒しているため、レイとザムは馬車の中でそれぞれ好きなことをして
暇をつぶしていた。
それにしても、とレイは考える。
これほどトムと離れていることは今まで無かった。
3日ほど離れて活動することはあっても、今回はもう1か月以上会っていない。
町に帰った時もエラたちに地下から出してもらえず、結局会わずじまいだった。
トムは今、レイやマールと暮らした家を離れてハリナと一緒に暮らしている。
あと5か月ほどで赤ちゃんが生まれるはずだ。
タックとフクンとも離れてしまった。
キッコーリ村から旅をしてきた仲間が1人もいない。
言いようのない寂しさがレイを襲う。
レイは寂しさを振り払うように別のことを考え始めた。
ラガッシュ帝国からさらに西に行くと魔族領があるらしい。
帝国と魔族領の間には、タリカ大領との境のように雲を突き抜けるような高い山々が連なっている。
どのようにして魔族領に行くのかザムに聞くと、帝国との間に切り目のような場所があり、そこから行けるそうだ。
ザムはジャミが座る御者台を背にして昼寝をしている。
レイは再び色々なことを考えていた。
勢いでザムに魔族領に行くと答えたが、何故行くと決めたのか。
マールが亡くなったからか。
ロックウッドやタリカのいない町がつまらなくなったのか。
町が発展してやることが無くなったからか。
奴隷たちも成長して、ブラックドラゴンを倒せるくらいの戦力が揃っている。
魔族を倒しタリカやロックウッドが町を離れて、単調な毎日が続くことを恐れていたのかもしれない。
ハリナの妊娠を知って、トムとの関係が変わることを恐れたのかもしれない。
本当かどうかも分からないのに「真実」というザムの言葉に何故自分は反応したのか。
あるいは。
自分の中で何かが引っかかっていた。
魔族を倒し平和が訪れるという単純な善悪ではない何か。
それを強く感じたのはザムに出会ったからかもしれない。
ザムは人間に対して殺意が無い。
隠しているわけでもなく本当に無いことは、これまでの旅でも分かっている。
ザムが殺気を見せたのはキングリッチだけだった。
あるいは。
それ以前から何かが心の奥底に引っかかっていた。
何故自分は男に生まれ変わったのか。
それが疑問の始まりだったかもしれない。
考えていると通信の魔法袋が光った。
通信の合図だ。
袋の口を広げると、懐かしい声が聞こえてくる。
「レイさん、久しぶりっす。トムです。」
「久しぶり。ハリナは元気か?」
トムの声にレイの声が弾む。
トムとの会話が弾むレイの声で目が覚めたのか、ザムが上体を起こした。
背中越しに外の警戒を続けているジャミに話しかける。
「おい、ジャミ。」
「何?」
「レイは誰と話してるんだ。」
ザムの質問にジャミは答えなかった。
「次の町に着いたら話すよ。」
それだけ答えると、ジャミは再び自分の仕事に戻った。




