11、マールの死
それはいつもと変わらない朝だった。
トムはハリナと一緒にダンジョンに出かけていた。
レイは遅く起きると伸びをして階下へと行く。
1階にはマールの部屋があり、そこでマールは最近ほとんどの時間を過ごしていた。
既に商売からは身を引いており、今はスミスの元弟子だったエラや宿の主人であるアカニが仕切っている。
魔族戦が終わった後しばらくして、トムがマールにキッコーリの死を伝えた。
遺体は無いがおそらくは亡くなっただろうと。
マールは無言で頷いて何も言わなかった。
だが日を追うごとに弱っていった。
長年の友人であるキッコーリの死が堪えたのだろう。
いつも通りレイは食堂へ行こうとすると、マールの部屋の前に奴隷たちが集まっていた。
レイの顔を見ると奴隷の1人が駆け寄ってくる。
「レイさん、マールさんが起きてこないんです。」
彼の顔は青ざめていた。
レイはノックをせずに部屋に入ると、マールがベッドに静かに横たわっていた。
「マールさん。」
レイが呼びかけながら急いで近づく。
マールが薄く目を開けたのを見てレイはホッとしたが、何か様子がおかしい。
「マールさん。具合悪いんですか。すぐ回復魔法を。」
杖を取り出そうとしたレイの手を、マールの手が抑えた。
レイはビクッとした。
レイの知っているマールは元気で、力強く、口の達者な女性だった。
今は弱々しく、腕は木の棒のようでレイを押さえる手がわずかに震えていた。
「わたしの…かわいい…まご…。」
マールはそれだけを言うと、ゆっくりと目を閉じた。
レイはヒュッと息をのむとしばらく固まっていたが、突然大声で奴隷たちを呼んだ。
「すぐに!トムを!呼んでくれ!直ぐ!ゴーレムダンジョンにいるはずだ!」
レイの大声に奴隷たちは弾かれたように動き出し、通信袋でトムに呼びかける者、外に飛び出してゴーレムダンジョンに駆けて行く者で騒然となった。
レイはマールに回復魔法をかけ続けた。
時々マールの胸に耳を当てながら回復魔法をかけ続けた。
マールの目が開く気配は無い。
心臓が再び動き出す気配は無い。
しばらくするとドスドスと音がして、汗をかいたトムが入って来た。
「婆ちゃん!」
トムがマールに駆け寄る。
「婆ちゃん!婆ちゃん!」
しばらく呼び続けていたが、マールが動かないのを見てとうとうトムが泣き出した。
レイはそっとトムの肩に手をかける。
マールの弔いはその日のうちに行われた。
レイやトムの他、スミスやジャミや大勢の者たちがマールの棺を取り囲む。
サクソウが祈りの言葉を述べ、トムが棺の蓋を閉める。
レイは目を瞑りしばらく呼吸を整えていた。
目をゆっくり開け、高火力の火魔法を放つ。
声を上げて号泣する者、下を向き静かに泣く者、拳を強く握り涙をこらえる者様々だ。
魔族戦に勝利した1か月後、マールは静かに息を引き取った。




