29、魔法のおたま
「ほう。あの婆さんこんな酒隠しておったか。ズルイのお。」
キッコーリは椅子に座り、ゆっくりと酒を飲んでいた。
レイたちが去ってから、隠しておいた極上の酒を1日1本ずつ飲み干している。
酒を飲み始めて5日目、とうとうマールから貰った酒の封を開けた。
これが一番良い酒だ。
今日開けたのは、起きたとき今までにない感覚に襲われたからだ。
恐らく近くに魔族がいるのだろう。
テーブルにつまみを並べ、酒と共にじっくりと味わう。
芳醇な香りが喉を通って体全体に行き渡る。
こんな美味い酒を飲んだのはいつぶりだろうか。
そうだ、レイたちのお別れ会の時だ。
あの時は「とっておき」と言ってキッコンとノムがどこからか持ってきたのだ。
レイたちが村を出てから1年ほどだが、もう大分昔のことのような気がする。
酒を一滴残らず飲み干し満足したキッコーリは、少しうつらうつらし始めた。
どのくらいの時が経ったのだろうか、突然扉を乱暴に開ける音でキッコーリは目が覚めた。
「誰もいねえじゃねえかよお。」
青黒い肌の人間が入ってくる。
おそらくこれが魔族なのだろう。
「おっ、てジジイじゃねえか。ゴブリンのエサにもなんねえ。」
「マズいですよ。オーガたちも腹空かせてるし。あれじゃ腹ふくれないし。」
「腹減ったア。」
さらに2人の魔族が家に入ってきて、人間がいるか探し回っている。
「おい、ジジイ。」
最初に入って来た魔族がキッコーリに顔を近づける。
肉がすえたようなヒドイ匂いがした。
「何じゃい、せっかく美味い酒飲んどったのに。」
「他の連中はどうした。どこに隠した。」
「みーんな逃げたぞい。」
「どこだ。」
「お前らなんかに教えるわけなかろう。」
「おい、お前ら。」
リーダーらしき魔族が後ろの2人を振り返った。
「このジジイの手足1本ずつ切り落とせ。痛めつけりゃ吐くだろ。」
「そうっすね。じゃあ。」
2人の魔族がニヤニヤしながら近づいてきた。
魔族たちが襲い掛かる直前、キッコーリはおたまを振り上げる。
「お前っ。」
リーダー格の男が、気が付いた時には遅かった。
おたまから凄まじい魔力が解放され、巨大な爆発が起こった。




