32、アウド
レイが国境砦にあるタリカの執務室に入ろうとしたところ、派手な女とぶつかりそうになった。
年齢は不詳で20歳にも40歳にも見える。
ピンクの長い髪で宝石の付いた服を着た女はレイをひと睨みすると足早に出ていった。
タリカは女を見送りながらレイに気が付いて目配せをする。
女が屈強な男たちを引き連れてアウドの町に入っていく姿を、執務室にある窓からレイがタリカと一緒に見送る。
「あれ誰ですか。」
「あれが噂のアウド様だ。」
アウドが町に入るのを見届けるとタリカは自分の椅子に座り、レイにも座るように促した。
レイは腰を下ろし、何があったのかと尋ねる。
「大したことじゃない。俺たちがアウド様に嫌がらせをしてると抗議してきただけだ。」
「嫌がらせ。」
「レイが町を作ってから、アウドの町の収入が激減したからな。」
アウドの町は入るのに1人10万ゴールド、宿に泊まるには最低でも20万ゴールドが必要だ。
かつてはタリカ領の荒れ地を通り疲れ果てた商人や冒険者は、アウドの町に泊まらざるをえなかった。
逆もしかり、アウドの町で休息を取り必要な物を揃えないと、馬車でも5日かかるタリカ領を抜けることは出来なかった。
だが、レイが町づくりを始めたことによって状況が変わった。
タリカ領側で国境の砦付近に値ごろな宿が出来、食堂や武器屋、食料品の店もある。
そこで必要な物が揃うため、アウドの町に立ち寄る必要が無くなった。
その結果、アウド領の収入が激減しているという。
「うちには娼館と賭博場は無いですけどね。」
「どうしても必要な物ではないからな。1日我慢すれば隣町でありつけるし。」
「アウドの町の入場料とか安くすれば良いだけじゃないですかね。」
「そうだろ。それ言ったら怒られた。」
「よその国の領主に怒られるとは。」
「だろ。俺って可哀そうだろ。」
タリカは可愛く泣きまねをするが、可愛くない。
「で、これからどうすんですか。」
「何もしないよ。」
タリカは泣きまねを止めてニヤリと笑う。
「良いと思われた方が残るだけだ。奴ら今までボッタくっていたからな。」
タリカは手を頭の後ろに乗せてふんぞり返った。
「今まで贅沢な暮らしをしていた連中がどれだけ持ち堪えるのか。もしかしたらシュミム王国が危ない状況になるかもな。いや、もうなりつつあるのか。」
レイがタリカの悪い笑いを眺めていると、タリカの部下が勢いよく入ってくる。
「ま~たサボって!し・ご・と!」
机の上に山積みになった書類をバンバン叩いている。
2人の言い争いに巻き込まれないようにと、レイはそっと執務室を出た。




