20.エル・キャット
毎日の討伐で、村周辺の魔物の数がめっきり減った。夜に魔物の咆哮が聞こえてくることもなく穏やかな日々が続き、レイとトムは少し物足りなくなってきていた。
武器が強すぎるのだ。2人で連携を確かめながら戦っているが、ゴブリンだけではなくオークやハイゴブリンも複数体いても反撃を許すことなく一撃で倒せる。
「もう少し奥に行きますか。」
今日何体目なのか、オークを倒した後魔石を取りながらトムが言った。
「そうだな。昼までに帰りたいが奥行くか。」
昼飯は木こり亭で必ず食べるという強い意志を持ってレイが答えた。
最初は華奢だったレイも、トムの食欲に刺激されたのか最近はモリモリ食べるようになり、がっちりした体格になってきた。
いかつい男たちが森の奥へと入っていく。
歩き続けるうちに、暗かった視界が突然明るくなり、レイとトムは不思議な空間へと足を踏み入れた。
体が思うように動かない。強力な魔物の罠にかかったのかと2人は焦りだし、無理やり体を動かそうとする。
その時、足元から突然唸り声が聞こえてきた。
見ると体長70センチくらいの黒猫が毛を逆立てながら唸っている。
「誰にゃ!」
「わっ。しゃべった。かわいい~。」
思わずかわいい発言をしてしまった後、レイは黒猫を撫でようとした。
パッと身を翻し黒猫は距離をとる。
2人と1匹が睨みあう中レイが黒猫の背後に目をやると、さらに2匹の猫の姿が見えた。
睨んでいる黒猫は尾が短くスリムな体型をしている一方、奥にいる1匹の黒猫は尾が長くむっくりとした体をしている。
もう1匹は様々な柄が入った猫で、力なく寝そべっている。
「そっちの猫具合が悪いのか。」
レイはたまらず声をかけ近づこうとした。
「じいちゃんに近づくにゃ!」
短い尾の黒猫がさらに威嚇して爪を出す。
カキーンという甲高い金属音がして、猫の爪がレイの武器に当たった。
通常ならば爪が砕けるはずだが、黒猫の爪はヒビが入ることもなく痛がる様子もない。
「やめるんじゃ。」
横たわっていた猫が弱弱しく声を出す。
「でも…じいちゃん。」
威嚇している黒猫は目に涙をためながら答えた。
2匹の猫のただならぬ様子に、今度はトムが声をかける。
「ポーションありますよ。塗り薬もあります。どこか痛いところありませんか。」
「どうせ毒にゃ。騙そうとしても無駄にゃ。」
「よせ坊主。ちょっと全身が痛くての。動きゃせんのじゃ。」
老猫が力なく答えた。
トムは腰に付けた袋からポーションを取り出したが、
「すまんの。もう手遅れなんじゃ。寿命での。お二方ちょいとこちらへ。」
レイとトムは武器をしまい、おずおずと老猫に近づいていく。
「もうすぐワシは死ぬ。お二方の魂が見えての。白いの。良い人とお見受けする。お頼みがある。」
たどたどしく、言葉を区切るように老猫が話をする。
「孫たちを…どうか…頼む…。坊主たち…幸せに…生きてくれ。」
「じいちゃん!いやにゃあ!」
にゃああと泣きながら2匹はそばに寄り添ったが、老猫は2匹の頭を撫でた後、静かに息を引き取った。
老猫の亡骸は光に包まれると、その光は2匹の猫の体に半分ずつ入っていった。




