99.ミナの故郷
ミナはドイン領の小さな村で育った。
小さな頃から活発で、よく母や姉を困らせていた。
両親と兄、姉の5人家族で、貧しいながらも幸せに暮らしていたと思う。
そんな暮らしが一変したのはミナが5歳の時だった。
村にとても大きな人が来た。
子供たちがどんな職業かを見るという。
商人と判定された子供は商人ギルドの運営する学校へ、剣士など戦うことが出来る子供は冒険者ギルドが運営する学校に行くのだ。
ミナはワクワクしながら自分の職業を見てもらった。
鑑定の魔道具に何か文字が浮かび、それを見たとたん母親が泣き崩れた。
父は母を支えながら自分を睨みつけている。
側にいた村長が何か怒鳴っていて、ミナは怖くなって縮こまっていた。
村に来た大きな人は困ったように首を振った。
突然大人たちに取り囲まれ、ミナはあっという間に村の外に放り出されてしまった。
開けて開けてと門をドンドン叩いたが、誰も開けてくれない。
頭に鋭い傷みが走り、血が顔をつたっていった。
見上げると門の上から怖い顔をした大人たちが石を自分に向かって投げていた。
ミナは殺されると思い、悲鳴を上げながら逃げた。
森の中をむちゃくちゃに走った。
頭からは血が流れていたし、疲れていたし、お腹がペコペコだった。
フラフラになりながら森を彷徨っていたところ、美味しそうな匂いが漂ってくる。
いい匂いのする方に行くと、たき火の脇で大きな肉の塊が焼かれているところだった。
後にも先にも悪いことをしたのはこの一度きりだと思う。
側にいた男が少し離れた所で寝床の準備をしていた隙に、肉を奪い取って逃げた。
「おらぁ。クソガキぃ。」
クマのような大声が聞こえてきて、急に首根っこをつかまれた。
「俺の肉を取るんじゃねぇ。」
クマ男はミナを睨みつけると、持っていた肉を奪い返す。
その途端ミナのお腹がぐぅぅぅぅとなった。
「お前、お腹空いてんのか。しかもケガしてんじゃねえか。」
クマ男はたき火の側にミナを座らせ、
「おらよ。」
と肉を半分ちぎってミナに寄こした。
ミナはガツガツ食べた。
「その傷どおした。父ちゃんと母ちゃんは?」
クマ男の問いに、不意に悲しくなったミナは大声で泣いてしまった。
男はオロオロしながら、途切れ途切れにミナが話すことを一所懸命聞いていた。
ミナが訳も分からず村を追い出されたことは分かったようだ。
「つらいな。しばらく俺の所にいると良い。贅沢はさせてやれないが。」
その日からクマ男、もといドインの所にミナは身を寄せることになった。
何年か経ち、ミナは冒険者の端くれとなった。
ある時、ドイン領内の村がオークの軍勢に襲われたとの一報が入った。
タイミングの悪いことに、ドインが魔族との戦いで大怪我を負い、動けない時だった。
ドインの部下たちと一緒に村へと向かう。
見たことのある景色の中を走るにつれ、次第にミナの鼓動が高鳴っていった。
「まさか。」
目的地にたどり着いた時、まさしく10年前に追い出された村の残骸が目の前に広がっていた。
火が回ったのかあちらこちらから煙が立ち上っている。
村を取り囲む塀も家も瓦礫と化した中、ドインの部下たちがオークを殲滅しようと、後を追って行った。
ミナも含めて何人かは村に残り、生存者がいないか確認していく。
もういないと分かってはいる。
だが、かすかな希望を胸に家であったであろう瓦礫を取り除いていった。
ミナは胸の鼓動が高鳴ったまま、震える足でかつて家族と住んでいた場所へと向かう。
瓦礫を1つずつ取り除いていく。
誰か生きている人はいないかと祈りながら。
最後の瓦礫を取り除き、小さなちぎれた指を見つけたとき、ミナは泣いた。
その指は丁寧に火葬され、その骨は今、ミナがつけているペンダントのロケットにしまっている。
誰の指かは分からない。
だが、それはミナと家族をつなぐ唯一のものだ。
ミナが住んでいた村はもう無い。
その跡地も次第に木に囲まれ、かつて村があったことを知っている者はほとんどいない。
自分の住んでいた家の地面に小さな平たい石を埋めた。
家族のお墓の代わりだ。
近くに咲いていた野花を摘み、そっと石の上に置く。
「また来るね。」
「おーい。ミナ、準備出来たか?」
「はーい。」
休憩していたレイが出発するぞと言い、ミナは故郷の地を後にした。




