75.保険
笑顔が引きつるローミの隙をついて、マールは手早くお宝を別の魔法袋にしまっていく。
机の上には最初に出したピンクダイヤだけが残された。
「保険かけといて良かったよ。お宝が欲しかったら大人しくするんだね。」
「冗談ですよ。レイさんたちの実力を知りたくてね。」
「冗談で済まされるかい。拠点がどうなってるか見ものだね。」
マールはローミをじっと見つめた。ローミは思わず目をそらす。
「ピンクダイヤだけは残しとくよ。あとのお宝はね。」
マールは1対の契約書を懐から取り出し、ローミの目の前に突き出した。
「今はライバのとこだかんね。私らがドイン領に入ったらライバから渡されるよ。」
先ほどの魔法袋は物を転移させる魔道具で、既にライバの元にお宝が渡っている。
「早う、サクソウを出すんだね。」
既に選択肢の無くなったローミが近くにいた衛兵に小声で指示を出す。
奥の扉からおぼつかない足取りでサクソウが入ってきた。
『サクソウ!』
レシーアとミナが駆け寄って、サクソウに抱きついた。
自分も駆け寄りたいのをグッと我慢したレイがマールを見つめる。
「サクソウ、こっち来い。」
マールが手招きをして、目の前にひざまずいたサクソウの奴隷紋を確認する。
「レイや、魔力あるかい。」
「あります。」
「じゃ、この奴隷紋に流しておくれ。」
レイがサクソウの奴隷紋に魔力を流し込み、自分の奴隷にした。
マールがローミの目の前にある契約書を指でトントン叩きながら言った。
「サインするんだね。お宝欲しかったら。」
渋々サインしたローミの手から契約書をひったくると内容をじっくり確認し、マールもサインをした。1通をローミに返す。
「じゃ、完了ということで。お邪魔したね。」
うつろな目でマールを睨みつけるローミを残し、レイたちはサクソウを支えながら拠点へと戻った。
「おっ、サクソウさん。生きてて何よりです。」
拠点の前にいたトムは、サクソウの姿を見て笑顔になった。
トムは立派な装備の冒険者たちが折り重なるようにして倒れている上に、あぐらをかいて座っている。
「凄いな、全部倒したのか。」
「当たり前でしょ。ドラゴンより楽でしたよ。」
トムは冒険者の山から飛び降りると、気絶した冒険者たちを門から町の中にポイポイと投げ入れていく。門番をしていた衛兵は、下を向いて黙っていた。
「ちょっとしんどいかもしれんけど、行こうか。」
マールが辺りを見回しながら、早く離れようと提案した。
「それが良いですね。夕方ですけど。行きましょう。」
レイも同じ意見だ。
レイはレシーアと共に拠点を壊し、奴隷たちが準備していた馬車に飛び乗った。
「ドラゴンと戦った奴は馬車乗りな。疲れたろ。」
マールの言葉に、戦いに参加した奴隷たちが複数の馬車に分かれて乗り込んでいく。
「じゃあ行こうか。」
南のドイン領に向けて出発する。
ゆっくりと走り出した馬車の中で、レイはトムと向き合った。
「トム、ありがとう。」
「何がです。」
「ドラゴン戦の時の回復魔法。助かった。」
「あれですか。いやあ、良かった。それまでは出なかったんですよ。すっごく練習したんですからね。」
「あれで勝ったし、あれで俺は生きている。ありがとう。」
「どういたしまして。」
レイたち一行は残るロックとゴザを助けるべく、ドイン領へと馬車を走らせていた。




