51.伝説の魔獣
「キャン。」
叩き落されたちびウルフは悲鳴を上げた。
「何するんだ。」
レイは慌てて落とされた子供を抱きかかえ、キングウルフから距離を取る。
「我の子供が…何たる失態…。」
キングウルフはよろよろと立ち上がり、さらに攻撃をしようとする。
だが足に力が入らないのか、その場に倒れこんだ。
「何故だ。」
レイは子供を抱きかかえながらキングウルフを問い詰める。
「…我らの掟に、白銀の子供が産まれたら食い殺せというのがある。」
「そんな。毛の色が違っても実の子供でしょうに。」
ライバも意味が分からないというように首を振った。
「白銀の狼は強大な力を持つ故、この世の均衡を破るのだ。人間もタダでは済まないぞ。」
相変わらずキングウルフは子供を殺そうと唸っている。
周りにいる50頭ほどのウルフたちも、それに呼応するように唸りはじめた。
レイは抱いている白銀の子供を見た。
子供は怖いのか、レイの腕に顔をうずめてブルブル震えている。
「タック、フクン本当なのか?」
レイは離れた場所でイカ耳になっている2匹の猫に尋ねた。
「うーん。フェンリルにゃ。」
「そうにゃ。」
「フェンリルって。」
「珍しいにゃ。たぶん1000年ぶりくらい。」
「1000年。フェンリルは俺たちみんなを殺すのか。世界滅亡の原因とか。」
「うんと、1000年前の奴、性格悪くてみんなからシバかれたにゃ。」
「すっごい性格悪くて珍しく人間と魔物が倒すのに協力したにゃ。」
「フェンリル自体が邪悪な魔獣ということか。」
「違うにゃ。1000年前の奴がとにかく性格悪かったにゃ。」
「フェンリル全部が性格悪いんじゃ無いと思うにゃ。」
2匹がワーワーと騒ぎながら説明する。
どうやら1000年前に生きていたフェンリルの性格が相当悪かったため、フェンリルが産まれたら弱い子供のうちに食い殺せという掟がキングウルフに出来たようだ。
「聞いたか。その掟は1000年前のやつのせいだ。この子を殺す必要はない。」
「ではどうすると。少なくとも我は育てないぞ。」
プイっとキングウルフが横を向いた。
母としてもお腹を痛めて産んだ我が子を殺したくはないのだろう。少し迷っているようにも見える。
「そうだな。俺が従魔にしても良いか。」
「なに!」
「タックとフクンの後輩になる。」
「おりたちの後輩。」
後輩という言葉の響きが気に入ったのか、2匹の猫は目を丸くして興奮している。
「お前が死んだあとはどうする。解き放つとでもいうのか。」
「生きてるうちに信頼できる強い奴に託す。タックとフクンもいるから大丈夫だろ。2匹がフェンリルに負けるほど弱いと思うのか。」
2匹のエル・キャットはまだ子供だ。だが、既にキングオークを一撃で倒せるほどの力を持っている。フェンリル相手に後れはとらないだろう。
「…思わない。エル・キャットの強さは我も知っている。」
「良いか。」
「ああ。だが明日にはここを発て。他のウルフにも示しがつかん。」
「分かった。じゃあ、それまでは。」
レイは抱えていたフェンリルをキングウルフが寝そべっているベッドへそっと下ろした。
「たっぷりミルクあげて、たっぷり可愛がってやってくれ。」
「ぷくぅ。」
フェンリルは母が恋しいのかヨチヨチ歩いてキングウルフのお腹に収まった。
「仕方ない。お前が言うならば。」
キングウルフは白銀に輝く自分の子供を愛おしそうに舐め、母乳を与え始めた。
もしかしたら二度と会えなくなるかもしれない。
明日までは思う存分母親に甘えさせてあげたい。
レイが微笑ましい親子の光景を眺めるなか、ライバは何やら難しい顔をして考え込んでいた。




