45.小さな灯
「うぐぁぁぁ。」
誰かの絶叫でレイは目を覚ました。ライバの町を出発した翌日だ。
声のする方を見ると、チルが泣いている。
「どうした。」
「うんぎゃぁぁぁ。」
チルは泣いていて話にならない。
「レイさん、朝飯…。あっレイさんが泣かしてる!」
トムが何か誤解している。
「違う。起きたら泣いてたんだ。」
「ダメじゃないっすか、もう。」
「だから違うって!」
レイとトムが言い争いをしている中、チルは腰に付けた小さな杖を抜こうとしていた。
だが両手がないため、中々上手く抜けない。
気が付いたレイが杖をチルの左腕に巻き付けると、チルは目を閉じて深呼吸した。
何が起きるんだと2人が見守る中、静かに目を開けて杖の先を見つめたチルが一言を発す。
「ファイア。」
すると杖の先に小さな小さな灯がともった。
火というにはあまりにも小さい。
だが、その小ささと比べ物にならないほど、チルにとっては大きな一歩だった。
「わあぁ。」
「チル、凄いぞ。」
3人で抱き合って喜び合う。
魔術師ではない、職業も無いチルが魔法を使えるようになった。その話は奴隷たちの間で瞬く間に広がった。
「スゲエな。そんな話聞いたこと無いぞ。」
「あたしもね。長い間生きてきて初めてさね。」
スミスもマールも聞いたことが無いという。
タックとフクンの話では、魔力があれば魔法は使えるという話だったが、実際に使えるようになった人を見るのは皆初めてだった。
その日から奴隷たちがさらに生き生きとし始めたように見える。小さなミスが増えていたが、めっきり少なくなった。最近はレイの魔法の授業を聞く人はレシーアしかいなかったが、2人3人と参加する奴隷が増えている。魔法が中々使えるようにならず魔法陣の勉強していた奴隷が、チルが魔法を使えるようになったと聞いた日から魔法の勉強を再び始めたのだ。
「自分も魔法の勉強しようと思います。」
木こりで斧使いのトムも刺激されたようだ。トムにも少しだが魔力がある。自分も使えるようになりたいという。他にも剣士や弓使いの職業の奴隷が魔法を使えるようになりたいと勉強を始めた。
チルの灯した小さな火が、皆の行動を大きく変えることになった。




