40.交渉
パンや酒を買い込み、離れに戻ろうとする上機嫌のマールをライバは引き留めた。
「何だい。酒飲もうと思っとたんに。」
「こちらで上等の物をご用意します。食事もご用意しますんで。」
「そうかい。猫ちゃんたちもいいのかい。」
「是非とも。皆さんもいかがですか。」
にこやかに誘うライバの誘いにレイたちは応じることにした。
レイ・トム・マール・スミスの4人とタック・フクンがライバの夕食会に参加することになった。レシーアとミナも誘ったが、犯罪奴隷なのでと断られた。
4人と2匹は身なりを整え、離れからライバの屋敷に向かう。
猫用の食事が用意され、人間には前菜から始まるフルコースが用意されていた。
一皿ずつ出される料理に、全員舌鼓を打つ。
「美味いねえ。一皿ずつ出てくんのは慣れないけど。」
マールは酒を飲みながら料理をバクバクと食べている。
ライバの両脇には彼の妻と息子が座っていた。妻カウミはライバと同様にニコニコしながら食事をしていたが、時折給仕に小声で指示を出していた。息子のライルは両親と同様に、魔法使いの才能があるらしい。わずか10歳でハイオークくらいは倒せるそうだ。
「凄いねえ。」
「魔法が使えるだけでも凄いですもんね。」
レイとトムに褒められ、ライルは嬉しそうだ。頬を赤く染めている。
レイたちが食事と会話を堪能しデザートを食べ終えた頃、ライバから執務室に来るようにと言われた。今後のことを話したいそうだ。
5人と2匹が連れ立って執務室に入り使用人がドアを閉めたことを確認した後、思い思いの椅子に座った。ライバは真剣な表情で話し始めた。
「レシーアさんとミナさんがいらっしゃらなかったのは良かったかもしれません。今後のこと、特にサクソウさんについてお話ししたいのです。」
それぞれが姿勢を正し、ライバの話に聞き入る。
「あらゆる可能性を考えて準備したいのです。はやる気持ちがあるかもしれませんが、1週間ほど時間を下さい。」
「1週間。」
レイが険しい顔をする。
「まずこちらがサクソウさんを欲しがる理由を考えます。いえ、既に考えてます。単に情から助けたいと言っても足元見られるだけですから。そして交渉自体はマールさんに頼みたい。」
「あたしかい。」
「ええ。昼間の交渉を見て思いつきました。屋台で冒険者の集まる酒場を聞き、酒場で冒険者から需要のある品を聞き、商人ギルドで高く買い取ってもらえる素材のみを売る。余裕があるからもありますが、中々強気の交渉でした。」
「そうさね。足元見られんのは嫌いだね。」
「こちらで契約用の書類を作ります。口約束では絶対裏切られますんで。他の大領主が作った書面では誤魔化しはきかないでしょう。また、前もってローミにサクソウさんを欲しがっている冒険者がいることを伝えます。」
「事前に伝えるのは危険じゃないですかね。」
「いえ。あなた方が打算で欲しがっているという情報を伝えるのです。打算であれば交渉には応じるでしょう。それと大領主に単なる冒険者が直接会えることは稀です。私の紹介状があれば会えるでしょう。」
ライバは眼鏡をずり上げながら話を続けた。
「レイさんとトムさんは決して交渉しないように。考えてることがすぐ顔に出るんで。それでは交渉事は上手くいきません。」
「うぐ。」
レイとトムは反論できない。痛いところを突かれてしまった。
「それです。その表情。それを見せたとたん、ローミの術中にはまるでしょうね。それがあなたたちの弱点です。」
「で、あたしの出番ということかい。」
「はい。スミスさんでも良いですが、表情が読めないマールさんの方が良いでしょうね。あなたたちのキャラクターやストーリーはこちらで考えます。あまりに事実とかけ離れていると嘘と見破られるので。事実に即して、所々誇張して少し嘘を混ぜて。」
ローミと交渉しどのようにサクソウを取り戻すか、話し合いは深夜まで続いた。




