1.勇者召喚
その国の王都は高い防壁に囲まれ、堅牢な門で守られていた。
辺境の地にあるごくありふれた国だが、この地を訪れる旅人は防壁を取り囲むようにそびえたつ巨木に驚き、空を見上げながら門をくぐり抜けていく。
シュミム王国と呼ばれるその国の城の地下祭殿で、100人を超える魔術師が魔法陣を取り囲むように跪き詠唱をしている。
何時間何日経つのか分からない程の時が流れ、限界から血を吐き倒れる者もいたが、誰も助けることもなく詠唱が続いていた。
倒れる者が半数を超えた頃、魔法陣が突然光り輝き4人の男がその中央に降り立った。
全員黒髪・黒目の10代中頃の若い男で、3人から少し離れたところに立つ4人目の男は、端正な顔立ちで華奢な体をしていた。
神殿上部の席から、肘をつきながら事の成り行きを見ていたシュミム王は感嘆する。
側にいた騎士団長に命令し4人の男を自分の前に跪かせ、反対側にいた大臣に声をかけた。
「勇者召喚の儀は3人が召喚されるのではなかったか?4人とは聞いとらんぞ。」
「はい。文献にもそのように書いております。どのような理由かは解りませぬが、ひとまずステータスを確認しましょう。」
「うむ。早う魔道具を持ってこい。わしは疲れた。直ぐに持って来い。」
1人の大柄な兵士があたふたと魔道具を持ってきた後、大臣が4人のステータスを確認していく。
1人目:ロミオ(剣士)レベル1
攻撃力98・防御力78・魔力8・素早さ72
スキル ファイアソード
2人目:ゲイト(魔法使い)レベル1
攻撃力12・防御力56・魔力89・素早さ56
スキル アイス
3人目:キラ(斥候)レベル1
攻撃力42・防御力52・魔力38・素早さ96
スキル 索敵
王は丸々と太った手を大げさに振りながら騒いでいる。
「素晴らしい!レベル1で既にスキル持ちとは。攻撃力98!素晴らしい。 4人目はどうだ。さぞかし」
シュミム王が騒ぐ前で3人の男たちは跪き頭を下げていたが、自分たちが置かれた状況を把握したのか、にやにやしながら何か会話をしている。
中背中肉で一見特徴が無いように見えて、剣士は残忍そうな、魔法使いは陰険そうな、斥候はずる賢そうな顔をしている。
その一方4人目の華奢な男は3人の後方で同じ姿勢を取りながら、少し顔を上げ無表情で3人の男たちを見つめていた。
4人目の男のステータスを何度も確認していた大臣は、おずおずと王に向かって話しかけた。
「いえ、それが…。」
4人目:レイ(???)レベル1
攻撃力5・防御力5・魔力5・素早さ5
スキル ???、???
「なんじゃい!この子供並みのステータスは!」
苦労して召喚したにも関わらず、普通の成人以下のステータスに王は驚愕した。
そして傍らの大臣に向かい、
「魔道具の故障ではないのか。」
「いいえ。何度も確認しました。念のため騎士団長のステータスも確認しましたが、故障ではないです。何かの理由で間違って召喚されたかと。」
「うぅ。戻すことはできんのか。」
「難しいです。方法が分かりません。」
「面倒くさいの~。いっそのこと、殺…」
「いいえ!無理です!禁忌とされる召喚魔法を使用しただけでも教会から大目玉なのに、
勇者を手にかければ。」
「いや勇者は3人じゃ。1人余分に召喚されたことなんぞ分かるまい。」
「神からギルガ教会本部に4人召喚されたことは啓示されているかと思います。死亡した際にも啓示されるので。」
「どうすればいいんじゃ。大臣お前が考えろ。わしは休む。」
難しいことは大臣に任せ自分は休むと宣言し、王は足早に寝室へと帰っていく。
大臣はどうしたものかとしばらく思案していたが、3人の勇者に向かい話し始めた。
「お待たせして申し訳ない。突然の召喚で何が起こったのか分からぬと思います。明日詳しい説明をいたしましょう。部下に案内させますのでゆっくりお休みください。」
ひ弱そうな文官が1人前に出て、自分に付いてきてくださいと言い、3人の男たちは祭殿から出て行った。
「さて…。」
3人の男たちが出て行ったのを確認し、大臣は4人目の男に目をやった。
4人目の男レイは一連のやり取りを聞きながら、何か思案していた。
「此度は申し訳ない。何か手違いが起こったようだ。これから。」
「はい。大体把握しています。自分は不要ということで。」
「いやいや。そういうことではなく。」
「ですので、当面の資金と物資を頂ければ、ここから出ていきたいと思います。」
レイからの突然の申し出に大臣はあっけにとられたが、渡りに船とばかりにその提案に飛びついた。
「そうか。本当に申し訳ない。当面の資金として20万ゴールドを渡そう。その他服・生活用具・武器・防具を持っていくがよい。」
「ありがとうございます。」
大臣はレイの素直な言葉に安堵し、20万ゴールドについては大して王も怒らないだろうと考えていた。
しかし一抹の不安もあった。
レイがギルガ教会に自分の処遇について訴え出ないか、慣れない生活で無茶をしすぎてあっけなく死にはしないか。
大臣が次に何を言うか決めかねながら辺りを見渡すと、魔道具を持ちながらぼーっとしている赤毛で大柄な兵士が目についた。
「そこの者。名を何と言う。いや、そこの。魔道具を持っている。」
「へ?は?自分ですか。トムといいます。」
突然大臣に話しかけられた兵士トムは、面食らったように答えた。
「そうか。兵士トムよ。汝に命ずる。レイの身の回りの世話と戦いの手ほどきを行え。」
「は?へ?自分がですか。」
「そうだ。他に誰がいる?すぐに用意しろ。金と物資については至急用意する。」
騎士団長に急き立てられるようにレイとトムは祭殿から出て行った。
大臣は自分の後方に控えていたもう一人の文官に金と物資の用意と、そして祭殿を掃除するよう指示し、
「やれやれ、厄介払いがすぐに出来て良かった。」
と呟きながらふらふらと祭殿から出て行った。
そして大臣が去った後の祭殿には、大勢の魔術師の死体が残されていた。