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9 サイアリーズの足取り


 アリステアの両親が国王夫妻から振舞われた酒には、睡眠薬が入っていたらしい。

 目覚めた両親は何も覚えていなかったが、ベアトリーチェの活躍を聞いてたいそう喜んだ。


「さすがベアたんだ。それに、お前をひどく扱っていた私たちを守ってくれるなんて……!」

「ベアトリーチェ、ありがとう、ごめんなさい……!」


 城の医務室で目覚めた二人がそんなことを言って喜ぶものだから、傍にいたエルシオンの視線が痛かった。何でもないのだと笑って誤魔化して、ベアトリーチェは父の二の腕をこっそり抓っておいた。


 サイアリーズについての事後処理は、国王とエルシオンが行うことになった。

 魔物化については国民の混乱を避けるために伏せられることになり、サイアリーズの宰相家については、サイアリーズの罪を家族たちは誰も知らなかったこともあり、その罪は不問とされた。


 そんなことが書かれた手紙が、謝礼金と共に父に届いた。

 ベアトリーチェの元にもエルシオンからの手紙が何通か届いたが、当たり障りのない返事をしていた。


『君は、魔力なしだと言われてアリステア家でひどい扱いを受けていたのだろう』

『それでも真っ直ぐに、心優しく育った君を、俺は好ましく思う』

『君に会いたい、ベアトリーチェ』

 

 などと書かれているのだ。ありがとうございます、大丈夫です、私は元気ですぐらいしか書けない。

 なんともいえないむずがゆさを味わったものの──そんなことより気になることが、ベアトリーチェにはあった。


「魔物化とは、なにかしら……」


 サイアリーズに尋ねることができればよかったのだが、もういない者に口を割らせることはできない。

 ベアトリーチェは、致命傷を与えない程度にサイアリーズを攻撃したつもりだった。

 それでも彼が命を落としたのは、おそらくは──重度の魔力枯渇に陥っていたからだ。


 両腕を再生し、何匹もの洗脳蟲を操り、体を魔物に変えた。

 それはサイアリーズの持つ魔力の限界をとっくに越えていたのだろう。


 つまり、魔物化とは──人間の体にかなりの負担を強いるものである。


「サイアリーズは、自らの意思でああなったように言っていたけれど……」


 調べるしかないか──と、ベアトリーチェは独自に調査をしはじめた。

 それからおおよそ半年。

 サイアリーズの足跡を追っていたベアトリーチェは、彼が定期的に王国の北にあるルーニカ地方に視察に出ていたことを、彼の元部下から聞きだした。


 サイアリーズの罪に巻き込まれたくないと、誰も彼もが口を閉ざしていたのだが、ベアトリーチェはサイアリーズの元部下の男に魔道具の一つである、毛生え薬を作って渡した。

 薄毛とは、いつの時代も男性たちの悩みの種。クリエスタ時代に毛生え薬を開発した時は重宝がられたものだが、その功績は悪い大人に奪われたのだったなぁと、懐かしく思う。


 彼は喜び勇んで毛生え薬『ふさふさ増毛剤』を受け取って、ベアトリーチェにこっそりサイアリーズについて教えてくれたというわけである。


「ルーニカ地方に、何かあったかしら……」

「ルーニカ地方といえば、魔導士の塔がありますね」


 ベアトリーチェの呟きを聞いて、ベアトリーチェのためにお茶を淹れていたユミルが口を開く。


「魔導師の塔とは、魔導師たちの研究施設です。王家の者もたちいることのできない、不可侵な研究機関といわれていますが、まぁ、あくまでも噂です。塔には不可侵の魔防壁が張られていて、外部からの侵入者を拒絶しているとか」


 魔道具を作るための素材を整理していたノエルが続ける。

 とある目的のために魔道具作りをはじめたベアトリーチェの部屋の中央には、魔道具作りのための作業机が置かれている。

 その周辺には素材が山のように積まれていた。

 これらは、魔物の体の一部であったり、様々な薬草やら鉱石、金属の類もある。


 道具に魔力を与えて動力としたり、組み合わせた素材によって魔法の力を発現させるのが魔道具だ。

 増毛剤もその一つであり、それ以外にもゴーレムと呼ばれる動く人形や、空飛ぶ箒や、幸運のタリスマンなど。その種類は多岐に渡る。クリエスタだった時代には、地上を進む地上船や、飛空艇の開発まで手掛けたものだが──王国には、それらはもう残っていない。

 

「魔導師の塔……あなたたちは行ったことがあるの?」

「ありませんね、お姉様」

「あくまで伝説のようなものですから。そのようなものがあるらしい、という噂でしかありません。雪深い山の中腹にある塔。雪山に迷い込んだ旅人が見た幻、というような噂です」


 ベアトリーチェはユミルの淹れてくれた紅茶を飲んだ。

 ノエルがてきぱきと素材を整理して、部屋を掃除してくれる。

 

「そうなのね。教えてくれてありがとう、二人とも」

「お姉様に褒められたわ、ノエル」

「やりましたね、ユミル。姉上に命じられたら、僕たちはなんでもします」

「魔導師の塔を調べてきますか? お姉様の命令なら、喜んで行ってきますよ」

「駄目よ、二人とも。絶対に駄目。勝手なことをしたら怒るわよ」


 もしかしたら、危険な場所かもしれないのだ。

 ベアトリーチェが咎めると、二人は嬉しそうに頬を染めた。

 きつい態度できつい言葉を吐いたつもりだったのだが「お姉様が心配してくれている」「嬉しい」と言って喜んでいる。


 ベアトリーチェは小さく溜息をついた。

 ──潜入捜査をしたほうがいいのかもしれない。

 でも、あまり関わりたくない。あれ以来、魔物化が起こったという話は聞かないのだ。

 

 王国は今のところ平和だった。サイアリーズがいなくなり、国王の政治は『まとも』に戻ったらしい。

 どうしようかと悩んでいると、侍女が扉を叩いた。


「エルシオン殿下がいらっしゃいました、ベアトリーチェ様。ベアトリーチェ様に会いたいそうです」

「殿下はすっかりお姉様に夢中ですね。それはそうです、だってお姉様ですから」

「僕たちの姉上に、夢中にならない男などいませんからね。でも、姉上を奪われるのは嫌です」

「嫌よね」

「嫌です」

「二人とも、落ち着いて」


 仕方ないと立ち上がったベアトリーチェは、ぶつぶつとエルシオンの悪口を言い始める双子の頭を撫でた。

 ベアトリーチェに促されて部屋を出ていく二人に入れ替わるようにして、エルシオンが顔を出した。

 アリステア伯爵家は王都から離れた場所にあるのだが、現在ベアトリーチェは王都のタウンハウスで過ごしている。

 ベアトリーチェは十六歳。もうすぐ王立学園に入学しなくてはならないので、王都に慣れるためである。


 父と母はベアトリーチェを心配して、王都とタウンハウスを行ったり来たりする生活を送っていた。

 双子は姉から離れたくないと言い、ついてきている。

 

 というわけで、エルシオンが時々遊びに来るようになっていた。

 プレゼントを持ってきたり、茶会をしたりとその用事は様々だったが、今日はなんの用だろうかと思いながら、ベアトリーチェは作り笑いを浮かべた。

 

 エルシオンは双子の頭をぐりぐり撫でる。双子はぎろりとエルシオンを睨みつけた。

 王太子殿下に対する態度としてはあまりにも不敬だが、エルシオンはさして気にしていないようだった。


「リーチェ、会いに来たが、迷惑だったか?」

「いえ……特に用事はないので、かまいませんけれど。エルシオン様、女性の部屋に勝手に入ってくるのはよくありません」

「侍女の許可は得た。婚約者の部屋に入るのは、いけないことか?」

「……その、エルシオン様は男性ですし、私は女性なので」

「知っている。それが、どうした?」


 どうしたもこうしたも──と思うが、ベアトリーチェはそれ以上の押し問答は無駄だと黙った。

 エルシオンはわかっていて、ベアトリーチェをからかっているのだ。

 そういうところのある人だと、この半年でベアトリーチェは理解するようになっていた。



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