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6 洗脳蟲

 

 王妃の耳からでてきたもの。それは黒い影のようにも見える──細長い蟲である。

 その形は、ちょうどナナフシにも似ている。


(あれは、洗脳蟲……)


 それは人や動物に憑りついて、操る魔物の一種だ。

 魔物ではあるが、少し変わった特性を持っている。洗脳蟲には必ず宿主がいる。

 洗脳蟲は宿主の命令に従う。つまり、人や動物を洗脳蟲を操る者の意思により、意のままにすることができる。


(どうして、王妃様に洗脳蟲が……?)


 あれは危険な魔物だ。ベアトリーチェがクリエスタだった時代、洗脳蟲ほど厄介な魔物はいなかった。一部の魔物は人と同じぐらいの知性がありずる賢く、人々を洗脳蟲で操った。

 人への被害は甚大で、宮廷魔導士団の威信にかけて撲滅をした──はずだったのに。


 ベアトリーチェ以外、誰も王妃の異変に気付いていないようだった。

 王妃マチルダは十七歳の子がいるとは思えないほどの若々しい外見で、優しい笑みを浮かべている。

 国王ルートベルクは精悍な顔立ちをした偉丈夫である。

 こうして相対していると、王国民に圧政を敷いているとはとても思えないのだが──。


「エルシオン、ベアトリーチェさんと二人で話をしたらどうかしら」

「そのために茶会の準備をしたのだろう。アリステア伯爵ご夫妻はこちらに。酒を用意させた」


 王の提案に、王妃も頷く。


「それは、ありがたき幸せです」

「光栄なことですわ」


 父と母が王と王妃たちと共に城の中に向かい、ベアトリーチェはエルシオンと共に中庭に残される。

 庭園からはむせかえるような甘い薔薇の香りが漂っている。

 白いクロスのかけられたテーブル。ケーキスタンドに一口サイズの美味しそうな焼き菓子がのっている。ティーカップには紅茶がそそがれ、レモンの輪切りが浮かんだ。


「ベアトリーチェ、こちらに」

「ありがとうございます、エルシオン様」


 手を引かれて、エルシオンと向かい合って座る。

 ベアトリーチェはちらりと王妃の背中に視線を送る。正直、優雅にお茶を飲んでいるような気分ではなかった。

 何故洗脳蟲がいるのか。王妃を誰かが操っているとしか思えない。


 そもそもこの国は五百年前よりも退化している。魔物もその被害も増えているし、ベアトリーチェが過去に作った魔道具さえ、生活の役には立っていない。

 王家は変わらず存続しているようだが──と、ベアトリーチェは紅茶の上の輪切りのレモンを見つめながら思案する。


「ベアトリーチェ、私に興味がないだろう」

「……え?」

「君は、私に興味がない。デビュタントの時も私をまるで見ようとしなかった。年頃の令嬢は皆、私に気に入られようと必死なのに。だから、私は君を婚約者に選んだ」

「……魔力がないのですよ、私には」

「そんなことはどうでもいいんだ」


 本当に、心底どうでもよさそうにエルシオンが言う。アリステア家との繋がりを深めるための婚約ではなかったのかと思いながら、ベアトリーチェは紅茶に口をつける。

 それから、そわそわと視線をさまよわせた。


「……エルシオン様、すみません。少し緊張してしまって。めまいが、するのです」

「大丈夫か?」

「ええ。お母様が、私用の薬を持っているので、いただいてきますね」

「共に行こう」

「いいえ、大丈夫です。お恥ずかしい姿を見せたくないのです。もうしわけありません」


 ベアトリーチェは立ちあがり、今日のために新しく仕立てた重たいドレスのスカートを持ちあげて、そそくさと城の中に向かう。

 さりげなくしたつもりだが、逃げるようになってしまっただろうか。


 エルシオンは、追ってくる様子はなかった。

 城の中に入り一人になると、ベアトリーチェは先程洗脳蟲に貼り付けておいた魔力糸を発現させる。

 これは、逃げた魔物や人を尾行するときなどに開発した魔法だ。魔力を糸のように練って対象に張り付けることができる。

 ベアトリーチェの右手の小指から、白い糸が城の奥へと続いている。

 その糸を手繰りながら、ベアトリーチェは廊下を進んでいく。


 王と王妃は、ベアトリーチェの両親と酒を飲むと言っていたはず。それなのに、魔力糸は城の奥へ奥へとベアトリーチェを誘っていく。

 辿り着いたのは、重厚感のある扉の前だった。どういうわけか、使用人の姿も護衛兵の姿もない。

 どことなく薄暗い扉の前に立ち、ベアトリーチェは小さな声で「聴き耳(ミコステ)」と呟く。

 ベアトリーチェの頭に、黒く尖った猫の耳がはえる。その耳を、扉にへばりつくようにしながらぺたりと扉にくっつけた。


『──これが、アリステアの魔導師たちか。たわいもない』


 低い男の声が聞こえる。アリステアの魔導師とは──父と母のことだ。

 

『殿下もよき相手を選んでくださった。殿下は注意深いからな、まだ洗脳蟲で支配することはできていないが、アリステアの魔導師たちは娘が殿下に選ばれて浮かれていたのだろう。愚かなことよ』


 父と母に一体何をしているのだろう。ベアトリーチェは眉を寄せる。

 どこの誰かはしらないが、家族に手を出すなど許しがたい暴虐だ。


『娘には魔力がないと聞く。放っておいても問題はあるまい。王国一の魔導師も、眠らせてしまえば恐れるものではない。あとは洗脳蟲を仕込むだけだ。せいぜい、私のために働いてもらうぞ』


 どうやら両親は睡眠薬かなにかで眠らされているようだ。

 ベアトリーチェは扉を開いた。開いた扉の先は、何もない部屋だ。魔力糸が途切れる。中央に、四十代程度の男の姿がある。立派な身形をした、やや神経質そうな顔立ちの男だ。

 男の傍には、何匹もの洗脳蟲が飛んでいる。ナナフシのような体に、蜂に似た羽がある。


 その隣には、王と王妃の姿があった。そして床に、ベアトリーチェの両親が倒れている。

 恐らくは無事だ。まだ、眠らされているだけだろう。


「お前は、アリステア家の娘だな」

「ええ。私はベアトリーチェ・アリステア。お父様とお母様に何をしたの……?」

「なぜここがわかった? 気づくにしては早すぎる。それに、その耳は一体」


 ベアトリーチェの聞き耳の魔法は、一定時間効果が持続するものだ。

 やや恥ずかしい思いをしながら、ベアトリーチェは男を睨みつける。


「あなたは……宰相サイアリーズ・ユルンブルグね」


 デビュタントの時に見たことがあるので、ベアトリーチェは彼のことを知っていた。

 

「玉座にはあなたが相応しいと、街の人々が噂をしていた。けれどあなたが国王と王妃を操っていたのね。玉座を簒奪するため? それともお金のため? 別の理由があるのかしら」


 王妃だけではなく、国王もまるで生気を抜かれた死体のように、サイアリーズの傍に佇んでいる。

 明らかに、洗脳を受けていた。

 今までの圧政は、サイアリーズの仕業だったのだろう。

 王妃と国王を操っているだけではなく、両親までその毒牙にかけようとするとは。

 

「理由なんてどうでもいいわ。私はあなたを見過ごせない」

「ふん、魔力がない役立たずの分際で、強がりを。見られてしまったからには、生きて帰すことはできない。お前はここで死ね!」


 サイアリーズの周囲に、洗脳蟲が現れる。それは、蜂のような羽をもったナナフシのような姿をしている。

 ぶんぶんと飛び回る耳障りな羽音が響き渡った。

 



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