44 吸血蛭
暗い道を、浮かばせた光の玉で照らしながら進んでいく。
ねじれた木々の隙間をぬうように道なき道を進む。木々の隙間から、人の骨を組み合わせて作ったような不気味な塔が見える。
だが不気味なだけではない。どこか神々しさも同時に感じられる、神秘的な──白い塔だ。
暗闇ばかりが続く景色の中で、その塔だけが発光をしているようにうすぼんやりと輝いて見えた。
「あの塔に、エルシオン様が……」
ベアトリーチェの魔力糸は、塔に続いている。
塔に近づくにつれて、暗闇が濃くなっていく。空気さえ重苦しく、呼吸のたびにねっとりと絡みつくような液体を共に吸い込んでいるように感じられる。
「ベアト、止まれ!」
先頭を行くジェリドが足を止める。
塔が目前に迫るにつれて、重なり合う木々が減り開けた空間になっていく。
湿った土の上に、折重なるようにして無数の『何か』がいる。
それは──人間の子供ほどの大きさのある、黒々としたものだ。
「まぁ、気持ち悪いですわ!」
アルテミスの率直な意見に、皆が頷く。それは、おそらく蛭だ。ただし、巨大な。
吸血蛭という名の魔物である。腐肉を好み、血を好む。洞窟の奥底などに生息する魔物だが、この量を見るのはベアトリーチェでも初めてである。
大地を埋め尽くすほどの吸血蛭が、うごうごと蠢いている。
その上に空間を切り裂くようにして仮面を被った黒衣の男が現れた。エルシオンを浚った男だ。
彼は空中に浮かびながら優雅に足を汲み、両手を広げる。
ベアトリーチェは皆をかばうように前に出ようとした──が、それよりも先に皆がベアトリーチェを庇って折重なるように前に出る。
「邪魔だ」
皮膚が凍り付くような、草木も全て凍らせてしまうような声で男は言う。
あぁ、その声を知っている──と、ベアトリーチェは唇を噛む。
記憶の中にある声だ。ベアトリーチェは、いや、クリエスタは、その声の主を知っている。
忘れられるはずもない。かつて愛した、愛してしまった男の声を。
「……あなたは」
「邪魔な者が多いな。君とだけ、話したいというのに。クリエスタ、会いたかった。やはり君だった。君の気配がずっとしていた。長く探していたが、ようやく会えた。だが、まだ駄目だ。もう少し、待っていて欲しい」
男は「クリエスタ以外の者を食い殺せ」と、吸血蛭に命じた。
そして、現れたときと同じように、空間を切り裂くようにして姿を消した。
「あれが人さらいですのね」
「不気味な男だな。クリエスタとは誰だ?」
「ベアトリーチェ様を見て、クリエスタと呼んでいました。誰かと勘違いしているのでしょうか……?」
アルテミスたちに問われて、ベアトリーチェは眉を寄せる。
どう説明したらいいのかわからない。自分には前世があり、そしてあの男は──おそらく、ルキウスであるなどと、とても言えない。
ルキウスが生きた時代から、五百年の年月が経っている。
それなのに、どうして彼がここにいるのか、ベアトリーチェにはわからない。
どうしてエルシオンを浚ったのかも、何一つ、わからないことばかりだ。
「ともかく、お姉様を守ります」
「不気味な魔物の相手など、姉上にはさせられません。姉上、ここは僕たちにまかせて先に!」
「子供たちだけに任せられない。俺も加勢する。すぐに後を追う、行け、ベアト! 嫌な予感がする。エルシオンを助けてやれ!」
ユミルとノエルが再びゴアムを出現させる。
巨大な石人形は、襲い来る吸血蛭を握りつぶした。ジェリドの歯が、牙のようにとがる。両手に鋭い爪が生え、背中の筋肉が盛り上がり服を引き裂いた。
ぐるると、獣の唸り声をあげて、ジェリドが魔法を構築するユミルやノエルに飛び掛かる蛭たちを切り裂いた。
「私も手伝うわ!」
「大丈夫です、お姉様。お姉様の邪魔はさせません」
「姉上、行ってください! これぐらいはどうとでもなります」
「行け、ベアト!」
アルテミスとソフィアナに背を押される。
ベアトリーチェは後ろ髪をひかれる思いにかられながらも、彼らにその場を任せて、彼らが作ってくれた塔への道をまっすぐに駆けた。




