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41 禁足地



 ◆


 ベアトリーチェの小指に巻かれた白い糸は、学舎の窓を通り過ぎて北へと伸びている。

 魔力の糸であるので、遮蔽物をすり抜けることができる。窓の外を抜けて遠く伸びる糸をベアトリーチェは見つめる。


「では、行きましょうか。あなたたちのことは、私が必ず守る」

「お姉様は私が守ります」

「姉上は僕が守ります」


 ベアトリーチェの腰に、ユミルとノエルが抱きついて言った。

 

「私も、頑張ります」

「わたくしが共に行くのですから、大船に乗った気持ちでいるといいですわ」

「ベアト、私も共に。エルシオンは恋のライバルだからな、ここで失うと不戦勝になってしまう。それでは後味が悪い」

「ジェリド様だけ動機が不純ですね」

「ジェリド様は来なくていいですわ」


 ソフィアナとアルテミスが、胸を反らしているジェリドを半眼で睨む。

 その賑やかさに、ベアトリーチェはくすりと笑った。

 今は──昔とは違う。友人さえいなかったクリエスタの生きた時代とは。


 エルシオンを救ったら、彼ときちんと向き合おう。クリエスタではなく、ベアトリーチェとして。

 ここに生きる、自分として。


「さすがの私でも、この人数を浮遊魔法で連れて行くのは骨が折れるわ。今は飛空艇もないし。そうね……フィニス、頼めるかしら」

『うん。皆を乗せて飛べばいいんだね』


 ユミルの腕に抱かれているフィニスが、得意気に翼を広げる。

 ここでは狭いからと、皆で校庭に向かう。砂が敷き詰められた広い校庭の中心に、フィニスがぱたぱたと飛んでいく。

 フィニスの体が光り輝き、次の瞬間にはベアトリーチェたちの前には小さな家ほどの大きさの翼を持った犬が佇んでいた。

 フィニスの本来の姿である。フィニスは金色のくりくりとした瞳をきらきらさせて、ベアトリーチェに向かってぱたぱたと尻尾を振った。


『大きくなったよ』

「ありがとう、フィニス。乗ってもいいかしら」

『もちろん』


 フィニスは背を屈めてくれる。

 背の高いジェリドが、その上に小柄なユミルやノエルを抱きあげて乗せた。二人ともぱたぱたと手を振って暴れながら「一人で乗れます」「子供ではありません」と言って怒っていたが、乗せられたあとはフィニスのふわふわの毛並みを撫でながら大人しくしていた。


「姫君たちも、手伝おうか」

「大丈夫です」

「結構ですわ」


 ソフィアナは身軽にフィニスの上にのぼった。アルテミスもスカートを気にしながら、乗り込んだ。

 ジェリドが抱きあげようとしてくるので、ベアトリーチェもその手を避けると、浮遊魔法を自分にかけてフィニスの背にふわりと乗る。

 ユミルとノエルが「お姉様素敵です」「姉上、優雅です」と褒めてくれる。

 最後にジェリドが乗ると、フィニスは翼を大きく広げた。

 浮遊感と共に、フィニスの体が浮かびあがる。空へ空へと、浮かびあがっていく。

 ソフィアナが弾んだ声で「空を飛んだのははじめてです!」と言って、眼下の小さくなっていく学園や、王都の街並みを眺めている。

 アルテミスが「落ちますわよ。もっとこちらに」と、ソフィアナの面倒を甲斐甲斐しく見ている。

 ジェリドはノエルやユミルが落ちないか気にして、二人を両手に抱えて嫌がられていた。


 ベアトリーチェは雲間を塗って伸びている魔力糸を、手を眼前に持ってきて目の前に翳した。

 大丈夫だ、繋がっている。仮面の男は魔力糸に気づいていない。

 クリエスタの魔力に気づいていた。だからもしかしたら魔力の気配を感じてしまうかもしれないと心配をしていたが、魔力糸に使われている魔力の出力は小さい。

 いくらあの仮面の男が魔導に精通しているとはいえ、きっと気づかないはずだ。


「フィニス。あなたはあの仮面の男を知っているの?」

『ううん。知らない。あの人は、眠る僕を起こした。星獣を全て起こして、この国を壊すと言っていた。理由はわからないけれど』

「この国を……」


 何故そのようなことをするのか。彼はこの国に恨みを持っている。そして星獣を知っていて、クリエスタを知っている。

 そんな人物をベアトリーチェは──知らない。

 知らないはずだ。


 糸を辿り、フィニスは北へ北へと進んでいく。

 すると、眼下に雪深い山脈が広がった。糸は山脈へと続いている。

 ここはかつて、ノエルやユミルと偵察に着た場所だ。

 あの時は、サイアリーズの足跡を追っていた。だが、北の魔の山と呼ばれるこの場所には、何もなかった。


 ベアトリーチェは目を伏せる。この場所はかつて、フィニスが暴走を起こした場所だ。

 クリエスタは王に魔物が増えている減員の調査と、解決を命じられた。

 元々禁足地と呼ばれる、魔物が多くいる場所だった。

 フィニスの暴走の影響で、魔物たちは狂暴化して、麓の村のいくつかはその影響を受けて壊滅をしていた。


 そこにクリエスタは、ルキウスと共に調査に来たのだ。

 あの時初めて、ルキウスを男性だと認識した。ルキウスからの好意を感じ、恋心を抱いてしまった。

 クリエスタにとってここは、罪深い場所だ。


 だが今は、そんなことはどうでもいい。


「降りるわ、フィニス」

『わかった』


 仮面の男が何であれ──エルシオンを救わなくては。

 エルシオンは、ベアトリーチェを守ってくれた人だ。

 彼がいなければきっと、ベアトリーチェはフィニスの暴走を止められずに、あの洞窟の中で皆と共に死んでいただろう。



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