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38 エルシオンの居場所



 ベアトリーチェは、ユミルとノエルが用意をしてくれたキノコパイと、長首亀の煮込みをもぐもぐ食べた。

 胃が満たされると、頭が回ってくる。

 魔力が満ちる。フィニスを鎮めるために使いきっていた魔力が、すっかり元に戻った。


「ありがとう、二人とも。元気になったわ」

「よかった、お姉様。ご無理はなさらないでください」

「姉上、無理はしないでください」

「ええ」

『ごめんね、りて。ふぃにすの、せいで』


 フィニスはベアトリーチェをベアトリーチェと呼ぶことが苦手のようで、『りて』と呼んだ。

 そのフィニスは今、ユミルの手に抱かれている。ふわふわで可愛いと、彼女は喜んでいた。

 ユミルがベアトリーチェ以外の生き物に興味を持つのは珍しい。

 年頃の女の子らしく、可愛い動物が好きなのだろう。ベアトリーチェはとても微笑ましく思う。


「アルテミス、長首亀の煮込みは魔力回復にいいわ。食べる?」

「え、ええ、遠慮いたしますわ……! わたくし、ベアトリーチェのことは好きですけれど、蛙や亀を食べるところはどうにも真似はできませんのよ」

「ソフィアナは」

「食べますー」


 ノエルがにこやかに、ソフィアナに長首亀の煮込みを鍋から小皿に取り分ける。

 見た目は鶏肉団子スープに似ている。だが、れっきとした亀である。長首亀はよく煮込むと甲羅もゼリー状になって食べることができる。

 ソフィアナは躊躇なくそれを口に入れて「ぷるぷるで美味しいです」とにっこりした。


「それはようございました。ソフィアナさんには、姉上の治療をよく頑張っていただきましたので、遠慮なく召しあがってください」

「ありがとうございます、ノエル君」


 ベアトリーチェの体に怪我が残っていないのは、ソフィアナのおかげだ。


「ありがとう、ソフィアナ」

「いいえ! このソフィアナ、ベアトリーチェ様のためならたとえ水の中、火の中、です!」

「わたくしもですわ。ねぇ、ベアトリーチェ。エルシオン様を助けに行くのでしょう?」


 もちろんだと、ベアトリーチェは頷いた。そのために、今ベアトリーチェは熱心に食べているのだ。

 魔力のないベアトリーチェなど、ひたすら無力なだけでなんの役にも立てない。

 エルシオンを、救わなければ。

 クリエスタを知っている、あの男の手から。


 すっかり元気になったベアトリーチェは、魔力の回復を確認するためにまずは皆に浄化魔法をかけた。


神聖なる浄化(ファル・エステラ)


 これは長期に渡る遠征時、男性と一緒であったために満足に水浴びもできなかった時代のクリエスタが作った魔法だ。

 クリエスタとて年頃の女だった。埃やら血にまみれた不浄な体や服は不愉快だったので、せめてもの清潔を求めたのである。


 清らかな水が、シャボンの泡のように皆を包み、その体を風呂あがりのような綺麗なものに変えた。

 ベアトリーチェの体も髪も、服も、すっきり爽やかになる。

 ベアトリーチェは満足して髪をかきあげた。

 今までとは違う自信に満ちたその仕草に、ジェリドは顔を真っ赤に染めた。


「なんて美しいのだ、私のファムファタル。眼鏡の君も可憐だったが、眼鏡がない君も素敵だ」

「ジェリド殿下、ベアトリーチェ様はエルシオン殿下の婚約者ですわよ。よけいな気をおこさないことですわ」

「アルテミス、あなたこそ熱心なエルシオン信者だったと認識しているが」

「その時代は終わりましたのよ」


 アルテミスは髪や頬を触って、スカートを摘まんで自分の姿を確認すると「素晴らしいですわ、ベアトリーチェ」と弾んだ声で言う。


「皆、ありがとう。すっかり元に戻ったわ。私はエルシオン様を助けに行く。きっと助けるから、安心して待っていて」


 ベッドサイドから立ちあがり、ベアトリーチェは皆を見回した。

 皆はきょとんとした顔でベアトリーチェを見つめて、それから顔を見合わせる。

 そして「一緒に行くに決まっている」と、口々に言った。


 ベアトリーチェは医務室から出て、皆と共に教室へと向かった。

 医務室の先生は「もう大丈夫そうね」と言いながら、医務室で亀やらキノコやらを食べるベアトリーチェを大目に見てくれていた。

 退室時には「医務室は本来なら飲食厳禁よ」と釘をさされる。

 ベアトリーチェは謝罪をした。あまりにもお腹が空いていたし、魔力も足りなかったので、ついその場で食べてしまった。

 空腹だといい考えが浮かばない。エルシオンのことばかり考えて落ち込んでしまうのも嫌だった。


 教室は空だった。まだ授業には早い時間である。

 だが昨日の今日で、学園は休みになっていた。フィニスの暴走によって、生徒たちを危険に晒したことや、エルシオンの誘拐がその理由だ。


「カリヴァン先生たちの調査結果はまだ出ていないのね」

「まだですわね。先生たちは寝ずに調べているようです。多くの兵たちも。なにせ、王太子殿下の誘拐ですから……公にはされていませんが、大事になっておりますわ」


 教卓を中心に集まって、状況を確認する。

 事情に明るいアルテミスが、物憂げに言った。

 ジェリドが腕を組んで「何故エルシオンが誘拐をされたんだ? かつては私も、魔物にされたが、それと何か関係があるのだろうか」と首を捻った。


「仮面の男は、エルシオン様を器と言っていたわ。魔物の器という意味か、それ以外か……わからないけれど。エルシオン様の居場所を、見つけ出すことはできる」


 ベアトリーチェが言い切ると、皆がどうやって、とベアトリーチェを覗き込んだ。

 ベアトリーチェは小指を皆に見せた。そこには、白い糸が結ばれていて、長く伸びてどこかに続いている。

 人を尾行するために作った魔力糸だ。この魔力糸は、作りあげるために微量な魔力しか必要としない。

 かつて、洗脳蟲に支配されていた王妃を追うために使った魔法である。

 この糸は、ベアトリーチェの任意で皆に見せるために具現化することができるが、そうでなければベアトリーチェにしか見ることはできない。

 だから、仮面の男にも気づかれていないだろう。


 エルシオンが攫われる瞬間、底をついていた魔力を振り絞りエルシオンに魔力糸を結んだのだ。


「これで、エルシオン様を追える」


 その糸は教室の窓から突き抜けて、どこか──遠くに繋がっている。



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