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35 隠していた記憶



 圧倒的な火力を、暴れまわる魔力をベアトリーチェは受け止める。

 魔物化した人を元に戻すための魔道具を、ベアトリーチェは作った。

 その魔道具の仕組みを魔法にした防御壁に、炎が吸い込まれていく。


 だがあまりにも、熱い。灼熱の炎に体が炙られ、皮膚が焼け爛れる。


「……っ、いや……ちがう、大丈夫……あぁ、こわい、いや……っ」


 景色が変わっていく。洞窟の中にいる筈なのに、気づけばベアトリーチェは処刑台の丸太に太い荒縄で縛られている。

 足元には大量の藁が敷かれている。

 

『人殺し!』

『魔物を操っていたそうだぞ!』

『功名をあげるために、多くの人を殺した魔女め!』

『私の子供も魔物に喰われたわ、お前のせいだ!』


 人々が、ベアトリーチェに向かい石を投げる。

 わかっている、これはクリエスタの記憶だ。ベアトリーチェの中にある、魂の記憶。


 呑まれては、いけない。


(私は、ベアトリーチェ……わかっている、わかっているのに……)


 フィニスを救わなくては。このまま暴走を許せば、ここにいるベアトリーチェもそして他の生徒たちも無事ではいられない。

 フィニスの燃え盛る魔力を受け止めて──鎮めないと。


「……っ、負けるな、私! ベアトリーチェ・アリステア! 私は、魔女! 皆を守る、はじめてできた友達を、それから……っ」


 心の動揺が、魔力を不安定にさせる。

 体の周囲に張り巡らせた鏡に、ぴしりとひびが入る。

 自分を叱咤したベアトリーチェの杖を持つ手に、背後から力強い手が重ねられた。 

 ベアトリーチェの周囲に、冷気が満ちる。それはフィニスの炎の熱からベアトリーチェの体を守った。

 

 カキンと硬い音を立てて、ベアトリーチェの足元から氷の柱が何本も現れる。


「愛しい婚約者と言ってくれ、リーチェ!」

「……エルシオン様」


 エルシオンの魔法だ。ベアトリーチェを背後から抱きしめるエルシオンの力強さに、ベアトリーチェの体の震えが止まった。


「私もいます!」

「わたくしも!」

「手を貸そう、ベアトリーチェ」


 ベアトリーチェとエルシオンの熱傷が、たちどころに治っていく。

 それは、ソフィアナの力だ。

 アルテミスとカリヴァンが、ベアトリーチェの杖に手を重ねる。

 注がれた二人分の魔力が杖を巡り、鏡の防壁が蜂の巣のように大きく広がった。

 

 炎が、鏡の中に吸いつくされていく──。


「フィニス! 目を覚まして、私たちは敵ではない、怖いことは起こらない! もう、大丈夫だから!」


 それはまるで、ベアトリーチェの中にあるクリエスタの魂に言い聞かせているかのようだった。

 ベアトリーチェは正確には、クリエスタではない。別の時代を生きた、別の人間だ。

 

 昔と今は違う。

 今のベアトリーチェは、クリエスタのように、一人じゃない。

 違う。

 クリエスタも、一人ではなかった。

 一人ではなくなってしまったから、死を選ぶしか、なかったのだ。


「フィニス!」


 絞り出すように大きな声で、ベアトリーチェはフィニスを呼んだ。

 炎が目の前で膨れ上がり、ベアトリーチェたちを覆い隠すように洞窟の中で弾ける。


 視界が光で埋め尽くされる。その光の奥に、泣いている小さな動物がいる。

 それは、鳥の翼をもつ赤毛でふわふわの、小さな子犬の姿をしている。


「フィニス、もう大丈夫、大丈夫よ、フィニス!」

『クリエスタ……!』


 子犬が愛らしい声でクリエスタを呼ぶ。ベアトリーチェは杖を捨てて、炎の湖の中にうずくまっているフィニスを抱きあげた。

 炎が肌を焼き、制服を焦がす。痛みよりもなによりも、フィニスを救わなくてはという気持ちが勝る。


「あぁ、フィニス……無事ね、怪我は? 苦しいところは? 大丈夫?」

『クリエスタ、ごめんなさい! 僕、またおかしくなった……』

「大丈夫よ、大丈夫……あなたは何も悪くない。私は無事、皆も……」


 炎がおさまっていく。振り向くと、ソフィアナやアルテミスが目に涙をいっぱいに溜めて、心配そうにベアトリーチェを見ている。

 カリヴァンが皆の無事を確認している。エルシオンがベアトリーチェに手を伸ばした。


 その姿に──かつてクリエスタの友人だった、王太子ルキウスの姿が重なる。


 ベアトリーチェはおそれていた。

 また、処刑をされるのが、嫌だった。

 だが、それはベアトリーチェが感じていた本質的な恐怖ではない。

 主であったアシュベルドに似ているエルシオンを、ベアトリーチェは苦手だと思っていた。

 けれど違ったのだ。ベアトリーチェは──クリエスタの魂は、その記憶は禁忌だと蓋をしていた。

 

 王太子ルキウスに恋をしてしまったことを、思い出したくなかったのだ。


「リーチェ……!」


 炎が収まると、ベアトリーチェの足元が元の地底湖へを変わった。

 突然足場を失ったかのように、ベアトリーチェの体は湖の中へ吸い込まれるようにぽちゃんと落ちていく。

 それを追いかけてエルシオンが湖に飛び込むと、ベアトリーチェの体に手をのばし、両手に抱えているフィニスごとベアトリーチェを抱きしめた。


 ベアトリーチェは水中呼吸の魔法を使おうとしたが、フィニスを鎮めるために魔力を使い果たしてしまった。星獣の魔力を受け入れ相殺することは、いくらベアトリーチェでも簡単ではなかった。


 おそらくこの体には、クリエスタの程の魔力はないのだ。

 エルシオンたちの助けがなければきっと、ベアトリーチェはフィニスの炎に呑まれていただろう。


 水の中で溺れそうになるベアトリーチェを、エルシオンは力強く抱き寄せる。

 透き通る水の中で、ベアトリーチェはエルシオンを見つめた。


 視線が絡み合う。大丈夫だと微笑むエルシオンの口を──背後からごつごつした男の手が塞いだ。 



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