34 王太子ルキウス
クリエスタの処刑が決まると、星獣たちは噴火を起こした時のように怒り狂った。
『どうしてクリエスタが残酷な目にあわなくてはいけない?』
『どうしてクリエスタが死ななくてはいけない?』
『僕たちで人間を滅ぼす』
『クリエスタを守るよ』
そんなことを言う星獣たちに、クリエスタは諭したのだ。
どうか、人々に危害を加えないで欲しい。人の敵に、ならないで欲しい。
そうなったらきっと、人は星獣を魔物だと判断して討伐しようとするだろう。
それは、嫌だった。それにクリエスタ一人の死で多くの人々が犠牲になることは間違っている。
クリエスタは今まで人々を守るために働いてきた。
結果的に──処刑をされることにはなったが、自分が生きてきたこと、行ってきたことは正しかったと信じたい。
自己満足かもしれないが、それでもクリエスタは多くの人を救った──はずだ。
覚悟は、決めていた。
アシュベルドの信用が得られなくなってしまった時点で、クリエスタは絶望をしていた。疲れてしまったのだ。抵抗しようとさえ、思わない程に。
それに──それに。
もう一つだけ。クリエスタには死ぬ理由があった。
それは──。
「ベアトリーチェ!」
襲い来る炎に、過去の記憶が勝手に想起されていた。
荒れ狂う炎は、クリエスタの身を焦がした処刑の炎のようだ。覚悟は決めていたのに、いざその場になると怖くて苦しくて、思わず助けを求める声をあげていた。
アルテミスの呼び声に現実に引き戻される。
魔法の構築をする前に、ベアトリーチェの体は誰かの腕によって強引に引き寄せられた。
「リーチェ!」
氷を纏った剣が、炎を切り裂いた。エルシオンがベアトリーチェの前に立つ。
洞窟全体を凍らせたため、異変に気付いて助けに来てくれたのだろう。
エルシオンと共に駆け寄ってくるカリヴァンが、アルテミスとソフィアナを庇う。
エルシオンとベアトリーチェの炎に煽られて焼けた皮膚が、たちどころに修復していく。
ソフィアナが両手をベアトリーチェたちのほうへと向けている。
彼女の魔法が、傷を癒やしてくれたのだろう。ソフィアナがいればある程度は捨て身で戦える。
相手は星獣。それも暴走している星獣だ。本気を出さなければ勝つことなどできない。
ただ──星獣に罪はない。仮面の男に何かをされて、暴走しているだけだ。
だとしたら、救わないといけない。
「何が起こっている……!? あれは一体……!」
「エルシオン様、あれは星獣です。女神ニニアンが連れていたという炎の星獣フィニス! 今は暴走しているだけ、助けないと……!」
エルシオンの背中に──強い、既視感がある。
『クリエスタ、さがっていろ』
『ルキウス様、その子たちは言葉を話します。魔物とは違う!』
眩暈がする。記憶の奥底に閉じ込めていたものが、開かれようとしている。
ベアトリーチェが思い出せたのは、クリエスタの記憶の全てではない。
それは禁忌だ。
そして同時に、人には見られてはいけない、見せられないほどに幸福な記憶だった。
ベアトリーチェが敬愛している王に面差しがよく似ている若く美しい青年、王太子ルキウス。
彼の記憶が頭の中を巡る。
野宿をしたときに、イモリの串焼きを食べるクリエスタをしげしげとながめている様子。
危険だからさがっていろと、クリエスタを守ろうとしてくれた。
そして、利用をされるから星獣については口外をするなと言った。
だからクリエスタは、星獣たちを隠していた。クリエスタが一人きりの時、もしくはルキウスと二人きりの時、星獣に乗って空を飛んだ。
覚えている。思い出した。楽しかった記憶を。アシュベルドに対する罪の意識と同時に感じた、秘密を共有しているという高揚感を。
ルキウスはクリエスタの唯一の友人だった。
それだけではない。いつしかその感情は、友人以上のものに変わっていった。
「リーチェ、大丈夫か、ここは俺がなんとかする。君は皆と共に逃げろ!」
「……エルシオン様……」
「無理をするな、君のことは俺が守る。君にどのような力があろうと、君を守るのは俺の役目だ!」
エルシオンが切り裂いた炎の向こう側で、フィニスが翼を大きく広げている。
その翼は聖なる炎でできている。フィニスの足元から、マグマがあふれる。地底湖の水は全て灼熱のマグマへと変わっていた。
凍り付かせた洞窟の氷を溶かしてしまうほど、その熱量はすさまじい。
このままフィニスが暴走を続ければ、大爆発が起こる。
その爆発は、恐らく周囲をすべて巻き込むだろう。
小さな街や村に甚大な被害を及ぼすほどの、大規模なものになる。
「エルシオン様! 道を開いてください。フィニスを正気に戻します!」
「できるのか?」
「やります。大丈夫、できます!」
できる。やらなくては。フィニスに罪を犯させたくない。星獣とは本来穏やかな存在だ。
そして──彼らに怒りを鎮めて眠りにつくように言ったのはクリエスタだ。
きっとまた会える。いつか平和な世界で、まだ会えるからと。
「わかった、道を開く!」
エルシオンがフィニスの足元から襲い来る手のように変化したマグマを切り裂いた。氷の刃に冷やされて、燃え盛るマグマが黒々とした溶岩に変わっていく。
マグマが二つに分かれて、冷やし固められた溶岩の道ができる。
その道を、ベアトリーチェは真っ直ぐにフィニスに向かって駆けた。
仮面の男はいつのまにか姿を消している。
彼がしたことは──おそらくは、星獣に魔力を注いだのだ。正気を失うほどの量の魔力を。
それは、魔物化と似ている。たとえば人獣族であるジェリドには魔力がない。
それなのに魔物化していたジェリドは、強い魔力を帯びていた。
まるで外部から強引に魔力をそそがれて、体を暴虐に変容させられたような──。
同じことがフィニスにも起きているのだとしたら、やるべきことは一つ。
「千鏡の防壁」
ベアトリーチェは自分の周囲に鏡で作られたような防壁を張り巡らせる。
ベアトリーチェの体の周囲を、煌めく鏡が何枚も舞った。
フィニスの炎の羽が雨のように、ベアトリーチェの体に降り注ぐ。
防壁が炎を弾き飛ばした。そのままベアトリーチェは、フィニスに向かい両手を広げる。
「フィニス、目を覚まして! 私はクリエスタ、思い出して!」
ベアトリーチェはフィニスを抱きしめた。ベアトリーチェの体が炎に包まれる。
防壁をはっていても尚も臓腑が焼けつくような熱さに、ベアトリーチェは奥歯を噛みしめた。




