33 フィニスとクリエスタ
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クリエスタが星獣と出会ったのは、宮廷魔導師になってからのこと。
女神ニニアンの連れていた星獣たちは当時からニニアン女神教の教典には書かれていたが、かといって誰も女神や星獣を見たことがなかった。
もちろんそれはクリエスタも同一だ。
ただクリエスタは──敬虔な女神教信者だった。
なぜなら国王アシュベルドを慕っていたからだ。
「クリエスタ。お前に類いまれな魔力が与えられたのも、お前が私と出会うことができたのもそれは全て女神ニニアン様の導きだ。女神様は全て見てくださっている」
クリエスタがはじめてアシュベルドと謁見をしたとき、彼はそう厳かな声で言った。
孤児院でまともな教育はおろかきちんとした世話も愛情すらも受けてこなかったクリエスタにとって、国王アシュベルドのそのことばはただ一つの生きる指標になった。
(私のことを、ニニアン様は見ていてくださる。国王陛下がおっしゃるのだから、ニニアン様も星獣もきっとどこかにいらっしゃるのだろう)
このときクリエスタはまだ六歳。骨と皮ばかりの痩せて汚れた子供だった。
それでもアシュベルドは嫌な顔一つせずにクリエスタの目の前に来ると、膝をついて両肩に手を置いてそう言ったのである。
人生においてこれほど嬉しいことは後にも先にもこのときだけだった。
読み書きすらまともにできないクリエスタだが、子供の身でありながら城にいる魔導師や兵士よりもずっと強かった。
ケルベロスを簡単に屠ることができたぐらいである。
他にどんな魔物が出現してもクリエスタを連れていけば大丈夫だと、大人たちはクリエスタをまるで兵器か何かのように扱った。
このときクリエスタは言葉を話すこともあまりできなかったので、命じられるままに魔物を倒す便利な道具だと思われていた。
そしてクリエスタの功績は全て──クリエスタに同行をして見ているだけだった宮廷魔導師や騎士のものとなった。
それでもアシュベルドはクリエスタの働きをよく見ていたのだろう。
時間があれば城の図書館に籠り、ひたすら勉強をした。魔物討伐やら隣国との戦争やらで自由な時間はほとんどなかったが、文字を覚え数学を覚え、礼儀作法も覚えた。
全ては──アシュベルドのため。自分に声をかけてくれた、居場所をくれた王のために。
十八の時、クリエスタはアシュベルドからの呼び出しを受けた。
「魔の山で暴れている魔物がいる。あそこは誰も近寄らない、近寄ることを禁じている禁足地だ。強い魔物が湧く。だが、此度ばかりは放ってはおけない。その魔物は魔の山の万年雪をとかし噴火を起し、近隣の村をマグマの海に沈めたそうだ」
「それは、ほうってはおけませんね」
「クリエスタ、頼めるか」
「もちろんです、陛下」
「見事魔物を討ち果たしてきたら、お前を筆頭魔導師に任命しよう」
「ありがたき幸せです」
クリエスタはアシュベルドの前に膝をついて礼をした。
アシュベルドの後ろには二人の王子が控えていた。一人はクリエスタに冷たい視線を送り、もう一人はクリエスタに同情的な視線を送っていた。
そしてクリエスタは魔の山に向かった。
六歳の時に比べるとすっかり大人になったクリエスタだが、取り巻く環境はあまり変わらない。
誰しもがクリエスタを孤児だ、女だと侮る。命じれば何でもする、駒のようにさえ思っている。
金の髪に赤い瞳をしたクリエスタは、もう痩せ細った子供ではない。
美しく成長したクリエスタに、夜伽を命じようとする者さえあるぐらいだ。
もちろん──断った。クリエスタは身も心もすべて国王に捧げている。
国王とはそういった関係ではないが、そういうつもりで生きていた。誰と恋愛をする気もない。
自分の全てはアシュベルドのものだ。
魔の山に向かったクリエスタが見たのは、スタンピード──魔物の暴走だった。
いつもは雪に覆われている山からはマグマが噴き出し、小さな村や町を炎の海に沈めていた。
氷魔法でそれを消火し、人々を救助していると──クリエスタのあとを追ってきたらしい、第一王子が現れた。
彼はアシュベルドによく似た面持ちのまだ二十歳の若い男だ。
どうして跡を追ってきたのかと、クリエスタは驚いた。
「……君は父に、いいように使われている。一人で禁足地に向かえ、など」
「問題ありません」
「王国の魔物の被害は君のお陰でほとんどなくなったといっても過言ではない。此度のことはどう考えても異常だとわかっているはずだ。それなのに」
「それは、私が信頼されているという証拠です」
だからどうか一緒に来ないでくださいとクリエスタは拒絶をしたが、第一王子はそれでも言うことを聞かずにあとをついてきた。
そうして二人で向かった魔の山で、クリエスタは『星獣』と出会ったのだ。
噴火を起していたのは星獣たちだった。眠りから目覚めて、暴走を起していた。
星獣を倒すと──彼らはクリエスタに語りかけてきた。
『ごめんなさい』
『目が覚めたら、おかしくなってしまったんだ』
『女神様がいなくて』
『頭の中が真っ白になって』
彼らの声は、クリエスタにだけ響いた。王太子には聞こえないようだった。
王太子は星獣のことは内密にしておいたほうがいいと、クリエスタに言った。
「星獣は国の守護神です。何故秘密にするのですか」
「きっと利用される。もしくは……魔物を従えていると、誰かが君について根も葉もない噂をたてるだろう」
アシュベルドに秘密をつくるなど──とクリエスタは反論したが、あまりにも熱心に王太子が言うので、クリエスタはそれに従うことにした。
そうしてクリエスタは、星獣たちを秘密裏に傍に置くことになった。




