30 仲良しの友人
透明度の高い赤色の岸壁に囲まれた通路を、アルテミスが先頭になりベアトリーチェを中央に、そしてソフィアナの順で降りていく。
毎年の課外授業で使用されているだけあって、よく整備された洞窟である。
落石の気配も、毒ガスが噴き出している気配も感じない。
事故でもあれば貴族学園に通う子供たちの両親が黙ってはいないだろうから、それもそのはずだ。
洞窟の中で迷わないように上級生たちが待機してくれている。
時々出現する小型の魔物を、ベアトリーチェは杖で、アルテミスは威力を押さえた炎魔法で、ソフィアナは光魔法を弓で飛ばして倒しながら、順調に進んでいく。
「わたくしのせいで色々ありましたけれど、問題なく課題を終わらせることができそうですわね。成績が悪いとなればお父様に叱られますもの。とてもよかったと、思いますわ」
「アルテミスの父親は、怖い人なの?」
「ええ。エルシオン様の妃にはわたくしが相応しい、我が公爵家こそが王家を支えるべきだとよく言いますわ。ですが最近は、国王陛下のお傍に寄ることもできませんわね。サイアリーズ宰相がご健在の時には、足しげく王城に通っていたものですけれど」
アルテミスには申し訳ないが、恐らく公爵はサイアリーズの画策の元で甘い蜜を吸っていたのだろう。
今は亡きサイアリーズの野心が、アルテミスを間接的に苦しませていたともいえる。
ベアトリーチェが魔獣化に出会ったのは、ジェリドを助けた時で最後。
裏で手を引く誰かがいるのは確かだろう。
だがその誰かの手がかりすら、掴めていない。エルシオンも手を尽くして調べてくれているようだが、まるで暗闇の中で落としてしまった小さな耳飾りを探しているかのようだった。
「サイアリーズ宰相にはエルシオン様と同い年のご子息がいて……でも、最近は姿を見ませんわね。サイアリーズ宰相の罪を償うために、ご自宅で蟄居をしているのだとか」
「エルシオン様は、宰相の家族は罪に問わないと言っていたけれど」
「何分、ラファエル様は真面目な人でしたから。そうは言われても、皆の前に顔を見せるのは憚られるのでしょう。何があったかは存じませんけれど、サイアリーズ宰相は陛下と王妃様を騙して内政を思うままにしていたのでしょう?」
「そう……らしいわね」
魔物化については秘せられている。
あの事件について誰かの口から聞くのははじめてで、ベアトリーチェは素知らぬ顔をしながら頷いた。
ベアトリーチェや両親たちが関わったことも知られていないようだ。
「私のお父さんとお母さんも、どうにも国王陛下の乱心はおさまったみたいだって言っていました。今までは色んなものに税金がかけられていて。お父さんの金山での収入の六割は国に支払っていたみたいです。村の皆が困らないようにってお父さん、皆の分もたてかえたりしていて」
「ソフィアナのお父上は、人格者ね」
「そういうわけでもないんですけど、そうしないと怖い官吏がやってきて、お金を支払えない人は牢屋に入れられてしまうと言っていました。そんな状況でしたから、去年までは私を学園に入学させるのも少し迷っていたぐらいで。でも……」
エルシオンや国王陛下から謝罪文が届いたのだという。
暴利をむさぼっていた王都から派遣された官吏たちはやめさせられて、全ての税も引き下げられた。
土地に、収入に、それから作物に。ひたすらに奪われるばかりだった王国民たちの生活は、国王が即位したころへと戻ったのだという。
「国王陛下はどんな人かわかりませんけれど、エルシオン殿下はおそろしい人ではなさそうでよかったです。だってベアトリーチェ様の婚約者ですもの。きっと信用できる人だと思っています」
「どうして私の婚約者だと信用できるの?」
「ベアトリーチェ様は、一人きりで困っていた私に声をかけてくださいました。とても、優しくていい人です」
「……そうね。ベアトリーチェは、わたくしのことも助けてくれましたわ。あなたはとても、優しい人ね」
「そんなに褒められると、困るわ……」
ベアトリーチェはうつむいた。
どんな顔をしていいのかわからない。
嫌われることには慣れていた。でも、好かれるというのは──。
(友人が欲しいと、思っていたわ。……もしかして、友人なのかしら。二人も、友人が……)
ソフィアナだけではなく、アルテミスも仲良くしてくれるのだろうか。
あまり褒められるのは得意ではないが、友人ができるのは、喜ばしいことだ。
「二人とも、ありがとう。私……学友が欲しいと、思っていたの。仲良くしてくれると、嬉しい」
「ベアトリーチェ様、もちろんです」
「わたくしも……誰かの悪口を言わなくていい友人というのは、はじめてです。二人といると、すごく心が軽いのです。だから、酷いことをしてしまったわたくしですけれど、許してくれるのなら、これからもよろしくお願いしますわね」
一晩共に過ごして、二日一緒に歩いて。一緒に魔物を倒して。
心が今までよりも近くなったような気がする。
課外授業を無事に終わらせたら、王都のカフェにお茶を飲みに行こうと話をしながら、ベアトリーチェたちは洞窟の奥へとすすんでいく。
精霊の洞窟の最下部まで進むと、透明度の高い湖が姿を現した。
それはまるで鏡面のように、そのエメラルドグリーンの水面を覗き込むと、ベアトリーチェたちの姿を映しだした。




