表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/40

3 快適な生活環境ほど得難いものはない


 ベアトリーチェの今までの生活とは、物置小屋で寝起きして、誰よりも早く水汲みをして掃除をし、洗濯をして、言いつけられた仕事をして、双子に魔法の実験体にされて苦痛を与えられるような毎日だった。

 だが、蛇竜を串刺しにした日から、その待遇はかなり改善された。

 仕立てられたばかりの綺麗な服。ふかふかのベッドに、並んだぬいぐるみ。冷たい水で行っていた水浴びも、たっぷりとお湯がはられた浴槽での湯浴みに変わり、食事も家族と同じものを食べることができるようになった。


「姉上、魔法を教えてください」

「お姉様、魔法を教えてください」


 まるで別人のようになった双子は、毎日ベアトリーチェの元に来る。


「構わないわ。初歩の魔法の使い方からにしましょう。覚えておいて、大いなる力には大いなる責任が伴う。良心を忘れてしまえば、偉大なる魔導師はただの怪物になってしまうわ」

「姉上、なんと含蓄のあるお言葉でしょう」

「そんなことを私たちに教えてくれる人は、今まで誰もいませんでした」


 子犬のようで可愛い二人に、ベアトリーチェは魔法の指導を行った。父や母よりもよほど教えかたが上手いといって、二人はきらきらした瞳をベアトリーチェに向けていた。


「北の岬に腐れ竜が出て、海の汚染がひどいという」

「あなた、でも腐れ竜は毒をまき散らしますわよね。危険だわ。私も一緒に行きます」

「そうか、頼む」


 などと両親が話をしながらちらちらベアトリーチェに視線を送っているのに気づけば、こっそりついていった。


「くそ、攻撃魔法が全く効かん……!」

「サイラス様、ここは私が!」

「危険だ、逃げろ!」

「──劫火の檻(フィア・ケルジス)


 父と母が死に掛けそうになるところを、気づかれないように幾度か手助けをした。

 かつての両親はベアトリーチェには冷淡だったが、仕事熱心ではあった。


 危険を顧みずに魔物討伐を行うのは、アリステア家の家名を守るためなのだと、彼らを見ていてベアトリーチェは理解することができた。

 それは人々を守ることにも通じる。かつてのクリエスタもそうであったから、共感することができた。

 

 今まで色々あったものの、彼らは反省をしている。

 酷いことをされた記憶はあるが、家族である。

 

 ──家族ができたのは、これがはじめてだ。


 ベアトリーチェの前世、クリエスタは孤児だった。

 母の顔も父の顔も知らない。物心ついたときには神殿が運営している孤児院で他の孤児たちと暮らしていた。


 悪辣な環境の場所で、服はボロボロだったし、ベッドもなく冷たい床で丸まって眠るような生活をしていた。

 ある日孤児院に、三つ首の獅子の魔物ケルベロスが現れる。

 孤児院の大人たちは逃げ惑い、幼くまだ走ることもできない幼児たちが取り残されて、喰われそうになった。


「いや!」

「助けて!」

「怖いよぉ!」


 泣きじゃくる幼児たちを、大人たちは助けようとはしなかった。誰もが怯え呆然とする中──クリエスタはケルベロスの前に躍り出た。


裁きの轟雷(ジ・ガリオ)!」


 クリエスタの魔法は、凶悪なケルベロスを一瞬で消し炭にした。

 

 ──クリエスタは、物心ついたときから息をするように、魔法を使うことができた。

 誰に教えられたわけでもない。まさに、天賦の才能といえるものだった。


 しかし天才と言われる者たちは、時に不幸に付きまとわれる。

 若干六歳にして、並の魔導師では太刀打ちできないケルベロスを倒したクリエスタは、神官たちの報告によって、すぐに城へと呼び出された。

 

 国王直々に宮廷魔導士として働くように命じられて、大人たちに混じり──魔物討伐の任務についた。

 そんなクリエスタが、筆頭宮廷魔導士になったのは十八の時だ。

 そのころには魔導の才でも、魔道具作りの知識でも、クリエスタの右に出る者はいなくなっていた。


 クリエスタはどこにいても一人ぼっちだった。

 宮廷魔導士になってからというもの大人たちは冷淡で、魔物討伐の際も「クリエスタ様がいらっしゃれば十分だろう」「なんせ天才だからな」と言って、クリエスタ一人に任せることなどざらだった。


 子供で、そのうえ女であるクリエスタに対する見る目は厳しかった。

 配給食が抜かれたり、遠征の際の天幕が一人だけ用意されていなかったりはざらで、見せしめのように魔法で攻撃されることもあれば、魔物の巣の中で置き去りにされたこともあった。

 

 それでもクリエスタは、文句を言わずに働いた。それしか生きかたを知らなかったし、魔法の才を認めてくれた国王陛下には感謝していた。

 孤児なのに、国王陛下にお言葉をいただいた。それがクリエスタの心に小さな炎を灯していた。


 クリエスタに対する嫉妬からのいじめは長く続いていた。

 それは──魔物討伐や魔道具開発の功績が認められて筆頭宮廷魔導士になったときに、さらに酷くなった。

 ただのいじめだけなら、まだいい。

 ある日、数人が口裏を合わせて噂をたてた。


『クリエスタが倒した魔物は、クリエスタが召喚したものだ。クリエスタには魔物を操る力がある。その力で人々を襲わせて、自分が倒すことで功績をあげていたのだ』

 

 その噂はあっという間に広がり、王の耳にも入った。

 皆がクリエスタを、人を人とも思わない最低な魔女だと信じた。


 城の廊下を歩いていれば石を投げられ、筆頭魔導師の執務室は荒らされて、人殺しと誰もがクリエスタを罵倒した。

 クリエスタに命を助けられて『偉大なる魔女』と呼んでいた者たちですら。


 ──王も、クリエスタの罪を信じた。


 クリエスタが弁明しても、誰も聞く耳を持たなかった。


 そしてクリエスタは、王の命令で──王都の広場に作られた断頭台で、火あぶりになった。


「誰か、助けて……っ、私はなにもしてない、助けて、お願い……!」


 燃え盛るクリエスタに向かい、石を投げる者がある。

 大人も子供も「魔女!」「最低な魔女め!」と、クリエスタを憎み、その苦悶の表情を見て、悲鳴を聞いて、笑っていた。





お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ