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24 カリヴァンの情熱



 夕日に背中を追い立てられるようにしながら、ベアトリーチェたちは途中の村に辿り着いた。

 村の入り口にはカリヴァン先生が立っている。


 腕を組んで眉を寄せて。それはそれは、不機嫌そうな顔で。

 彼の不機嫌は今にはじまったわけではない。カリヴァンの場合は、常にそんな顔をしている。


「お前たちで最後だ。日が暮れてしまえば落第点とするつもりだったが、ぎりぎり合格といったところか。街道を歩いてここまで辿り着くのに、どれほど時間がかかっている?」

「もうしわけありません、先生」

「ごめんなさい、先生」


 ベアトリーチェとソフィアナは素直に謝った。

 その様子を無言で見ていたアルテミスが、胸に手を当てた。


「先生。わたくしのせいなのですわ。わたくしのせいで出発が遅れて、わたくしが歩きにくい靴をはいていたばかりに、進むのも遅れてしまいましたの。でも、ベアトリーチェさんがわたくしの靴を」

「靴を?」

「な、なんでもありません、先生。アルテミス様は歩き慣れていないのに、私たちの歩みに合わせようと努力をしてくれました。今日は、遅くなってもうしわけありません。明日はもっと頑張ります」

「頑張りますね、先生!」


 カリヴァンがアルテミスの靴に興味を持つ前に、さっさと退散したい。

 魔道具に詳しい者なら、即席で魔道具を仕上げるベアトリーチェの異常さにすぐに気づいてしまうだろう。

 早口で誤魔化すベアトリーチェを、カリヴァンは髪と同じあまり光の入らない黒い瞳で訝しげに見つめる。


「確かに、アルテミスの靴は旅には適していない。毎年、貴族たちの何人かは何を勘違いしているのか、このような靴や大荷物で歩き、悲惨な目に合うわけだが」

「先生、わかってやっているのですか、あの説明不足な説明を」

「私は過不足なく説明している。普通に考えて、街道を二日歩くと聞いたらそれなりに準備を整えるだろう。幼子ではないのだ。もう、十七歳なのだから。手取り足取り、荷物の説明まで必要か?」

「……それもそうかもしれませんけれど」


 カリヴァンの言うことも最もではある。

 だが、相手は貴族。特にベアトリーチェの家のように常日頃から魔物退治に勤しんでいるわけではない貴族の家の者は、カリヴァンの説明だけではわからない部分も多いだろう。


「それよりも、アルテミスの靴。それから、君の持っている杖。そして、靴も服も……非常に興味深いな」


 カリヴァンの声に、はじめて感情がこもる。

 いつも淡々と授業をし、連絡事項を口にするような男なのだが、はじめて真っ黒な、夜空のような瞳に光りが差し込むようだった。


「魔道具、か」

「先生、見ただけでわかるのですか?」


 不思議そうにソフィアナが言う。

 魔道具と普通の道具の区別は、見ただけではつかない。

 実際使用してはじめて、魔道具は魔道具としての効果を発揮するのである。


 杖を隠そうとするベアトリーチェの腕を、カリヴァンが掴む。

 ぐいっと引き寄せられて、じっくり杖を観察された。

 ソフィアナは心配そうに、アルテミスは何故か顔を真っ赤にしながらベアトリーチェたちの様子を見守っている。


「これは……よくできている。雷獣の力を込めたのか、ベアトリーチェ。中々できることではない。君がこれを?」

「か……買いました。買った……そう、買いました! ほら、私は魔法が不得意ですので、お父様からのプレゼントです。私がきちんと、学園で生活できるようにと。ですので、これは購入品です」

「どこに売っている? 私は見たことがない。それに、君の服にも靴にも細工があるな。アルテミスの靴は、街道スライムでコーティングされている。どう考えても君がそれをしたのだろう」

「ち、ちち、違います、違います……」

「ベアトリーチェ。……君は、放課後魔道具同好会に入るべきだ。私と共に、魔道具会の頂点を目指さないか」


 ──魔道具会の頂点とは、一体。

 放課後魔道具同好会という存在も、はじめて知った。

 学園では、放課後に同好会活動をしている者たちがいることをベアトリーチェは知っている。


 けれど、日々を穏やかに過ごすことを目標に生きているベアトリーチェは、あえて近づく気は無かったのだが。


「よき返事を待っている。君は才能の塊。原石だ。私が君を輝かせよう」

「……せ、先生。あの、先生。今は課題の最中ですので、その話はまた今度」

「私はいつでも君を待っている。待つべきではないか。口説きに行こう。ベアトリーチェ、その杖を今度じっくり見せてくれ」

「……は、はい」


 こくこく頷いて、なんとかカリヴァンの腕から逃れたベアトリーチェは、ばくばくいう心臓を抑えた。

 ともかくカリヴァンから離れて宿に向かおうと、歩き出したベアトリーチェの横をソフィアナがちょこちょことついてくる。


「ベアトリーチェ様、びっくりしましたね。カリヴァン先生のあんな情熱的な姿、はじめて見ました」

「魔道具好きなのかしら……」

「謎が多いですからね、先生」


 確かに、と、ベアトリーチェは頷く。

 カリヴァンは自分のことをほとんど話さない。自己紹介も、年齢が二十八歳ということしか言っていない。ちなみに、ラストネームも名乗ってくれていない。


「あなた……あなたという人は、エルシオン様の婚約者でありながら、また男性に色目を使って……!」


 ベアトリーチェを追いかけてきたアルテミスが、なんだか怒っている。

 色目は使っていない。どう考えても使っていないだろうと、ベアトリーチェは軽く眉を寄せた。




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