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23 アルテミス様ご出陣



 街道スライムを前に、ベアトリーチェは杖を構える。


 ベアトリーチェ一人きりなら街道スライムなど軽く捻る──ところだが。


(まぁ、この程度は杖一本でもどうにでも……い、いえ、違うわね。駄目だわ、それでは。私は落ちこぼれ、魔力はない、戦えない……という設定よ。全ては私の恙ない人生のため……!)


 ベアトリーチェの頭の中で双子たちが『お姉様、無駄です』『姉上、無駄ですよ』と告げている気がするが、あくまで隠したいのだ。できることなら穏便に、目立たず学園生活を過ごすのがベアトリーチェの目標である。


「ベアトリーチェ様、私の後ろに! ここは私に任せてください!」

「そ、そういうわけにもいかないわ。私……私は魔法が使えないけど、私も頑張るわね……!」

「はい!」


 ベアトリーチェの秘密を早々に受け入れてくれたソフィアナは、さしたる疑問も口にせずに満面の笑顔で頷いた。

 ソフィアナは弓持ち、ベアトリーチェは杖で街道スライムに殴りかかる。

 街道スライムはぷるぷると体を震わせて、体からシュウシュウと煙をあげる溶解液を吐き出した。

 

 液体がべしゃっとついた地面には、ぽつぽつと穴があく。

 これが、街道スライムの街道の嫌われ者たる所以だ。


 もちろんキングスライムに変化するのも厄介だが、敵とみなした者に対してはこうして体の内部をとかして作った溶解液を吐きかけるのである。

 これが街道に穴をつくる。この穴に馬車の車輪がはまってしまうという事故が跡をたたない。


 エルシオンも『街道の整備額がかさんで仕方ない。街道スライムはまるで家蟲のよ……いや、なんでもない』などと言っていた。家蟲。あの黒い、どこからともなく現れる蟲。


 それはベアトリーチェの唯一苦手とする存在だ。唯一でもない。ベアトリーチェには案外苦手なものが多い。王家も苦手だ。


「ベアトリーチェ様に攻撃しないで! 私がやっつけてあげます!」


 ソフィアナの弓が、バシュっと矢を放つ。

 ベアトリーチェはそこで違和感に気づいた。ソフィアナは矢を持っていないのだ。

 どうやら光魔法を光弾にして、弓につがえて飛ばしているらしい。


(すごいわね……)


 ベアトリーチェは素直に感心した。ベアトリーチェは治療の光魔法は使用できる。攻撃魔法もいくつかは使える。だが、弓につがえて飛ばすなどはできない。というか、考えたことがなかった。


 光の矢は街道スライムに真っ直ぐに飛んで突き刺さり、そのふるふるの体をあっという間に蒸発させた。

 ベアトリーチェも先端に大きな輝く魔晶石のついた杖でごつんと街道スライムを殴る。

 もちろんこの杖も加工した魔道具である。

 対象を殴った時に、対象の体に電流が走るように作っている。


 力の加減によって雷撃で倒すことも可能であり、痺れさせるのみに留めることも可能だ。

 ビリビリと痺れたスライムが、べちゃりと潰れて動かなくなった。


「ふぅ……」

「一匹倒したぐらいで気を抜いているのではありませんわ!」


 そこそこにか弱いふりをしながら、一生懸命街道スライムを撃破しているふりをするのも結構難しい。

 などと考えているベアトリーチェの前に、アルテミスが躍り出る。


 てっきり「怖いですわ」なんて言いながら震えるのだろうかと思ったのに、アルテミスはベアトリーチェの前で両手を広げた。


 彼女の両手に、紅蓮の炎が渦を巻く。

 そしてその両手を街道スライムに向ける。


「私の敵を燃やしなさい、全てを焼き払う劫火の鳥よ!」


 これは、上級炎魔法だ。アルテミスの炎が集まり、炎の鳥に姿を変える。

 その鳥は、ふるふる震える街道スライムたちを──草むらごと一気に焼き払った。

 一気に消えていく、スライムたち。そして、焼け焦げて土が剥き出しになった地面。焼かれた街道の石畳。


 中々──圧巻だった。


「見なさい、これがわたくしの力です。この素晴らしい魔力を持つわたくしこそが、エルシオン様に相応しいのですわ」

「……ええ。そうですね。そうだと思います」


 とりあえず、ベアトリーチェは同意をした。

 どうやらアルテミスは、炎魔法が得意らしい。


 炎魔法は全ての属性の中でも、一番攻撃に特化した魔法だ。アルテミスの高圧的な正格とよく似合っている。

 ──それは、いいとして。

 

 ベアトリーチェも強力な魔法を使うが、ベアトリーチェの場合は対象のみを攻撃して、周囲の人や物を巻き込まないという強力かつ繊細な魔法を使うことができる。


 だが、アルテミスにはそこまでの繊細さはない。そもそも人がいるかもしれない街道で、街道スライム相手に高位の炎魔法をぶっ放すことが間違っているのだ。


(どうしよう。これはお説教対象だわ。でも……)


「ベアトリーチェ様、怪我はないですか? ご無事でしたか? アルテミス様はすごいですね。力強い、頼りになりますね」

「そ、そうね。アルテミス様、助けていただいてありがとうございました」

「べ、別に、助けたつもりなどありませんわ」


 ソフィアナがアルテミスを褒めるので、ベアトリーチェも褒めることにした。

 とりあえず今のところ被害は街道の石畳と草むらのみ。よしとしよう。

 街道の修復費用が……と言っていたエルシオンが脳裏に過ぎったが、考えないことにした。


 ベアトリーチェは一匹叩いておいたまだとけていない街道スライムを、地面からべりっと剥がした。


「アルテミス様。ちょっと、靴を脱いでください」

「何故ですの?」

「靴を補強します。歩きやすいように」


 街道スライムは倒したが、アルテミスの靴問題は解決していない。

 靴を脱ぐのを嫌がるアルテミスをソフィアナが押さえつける。不敬だとうるさいアルテミスを、ソフィアナは「まぁまぁ」と、まるで馬の調教師のように落ち着かせた。


 ベアトリーチェは街道スライムの死骸(というよりも素材だ。これはスライムの抜け殻という)を、アルテミスの靴の中にべちゃりと塗りつけた。

 それから、靴底やヒール部分にもコーティングするように塗りつける。


「ひぇ……っ、な、なにをしますの……っ」

「これは、応急処置です、アルテミス様。私……魔力はほんの少し、しかありません。魔法はほとんど使えませんが、魔道具なら少し、作ることができるのです」


 言葉を選びながら慎重に、ベアトリーチェは説明をする。

 塗りつけた街道スライムの抜け殻に魔力を流すと、靴と街道スライムが一体化した。

 見た目はさほど変わらないが、靴の中敷きが若干ふるふるしている。


「はいてみてください」

「嫌ですわ」

「……アルテミス様、私たち、成績が揃って不可になってしまいます」


 アルテミスは口を噤み、もの凄く嫌そうな顔をしたあと、足を靴に入れる。


「あ……」

「履き心地はいかがですか?」

「わ、悪くはないですわ。……痛くないです、足。……ありがとうございます」


 小さな声でもごもごと、アルテミスが礼を言う。

 ベアトリーチェとソフィアナは、そんな彼女の様子に口元に優しい笑みを浮かべた。



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