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22 いつでも綺麗でいたいのが、乙女心というものだそうで


 街道を歩くのにどうしてヒールで──と、ベアトリーチェは内心首を傾げる。

 二日間歩いて洞窟を踏破したあと、帰路があるので、結局四日は徒歩での旅。

 ソフィアナは足首までのブーツをはいている。ベアトリーチェも動きやすいように膝下までのブーツにした。

 これは、旅人のブーツという。ベアトリーチェの作った魔道具である。

 肉弾戦で役に立つように靴底と爪先には鋼を仕込み、それでも歩いても痛くないように中敷きにはクッション性を持たせて、それから魔力を付与して軽量化をした実用性のある靴で、ベアトリーチェのこだわりが詰まっている。


 説明をしはじめたらきりがないほどに。

 元々、魔物化した人を助ける魔道具、真実の鏡を作るためはじめた魔道具作りだが、ベアトリーチェの趣味になりつつある。


 ──クリエスタだった時に作り上げた飛空艇が恋しい。

 恋をしたい。穏やかに暮らしたい。雨の日には部屋に籠って恋愛小説を読みたい。

 そして、飛空艇の整備をしながら旅がしたい。

 処刑をされるのではなく、寿命を迎えたい。家族に囲まれながら、天寿を全うしたい。


 贅沢な未来の希望が、今のベアトリーチェには沢山あった。

 

 そんなことを思いながら、さくさくと街道を進んでいく。

 ソフィアナも旅に慣れているらしく、ベアトリーチェの横を「あぁ、蝶々ですね」などとのんびり言いながら歩いている。


 ふと気づくと、アルテミスとの距離が離れていた。


「アルテミス様、大丈夫ですか?」

「ごめんなさい、アルテミス様。でも、あんまりゆっくりしていると夕ご飯が……」


 一歩一歩踏みしめるようにして、痛そうに歩いているアルテミスの元にベアトリーチェはぱたぱたと駆けていく。

 ソフィアナも後を追ってきた。


「……わたくしは歩けます。さっさとお行きなさい」

「アルテミス様。その靴ではとても旅ができません。今から街に戻って、靴を履き替えてきましょう」

「馬鹿にしないで。問題ありませんわ」


 ベアトリーチェの提案に、アルテミスはふんっと顔を背けた。

 ソフィアナはアルテミスの足を覗き込む。靴の踵が擦れたのだろう、血が滲んでいる。

 

「癒やしの光よ」


 ソフィアナの手が輝いた。その輝きがアルテミスの足を包み込んで、傷を瞬く間に治してしまう。

 ベアトリーチェは感心した。いとも簡単に傷を塞ぐソフィアナの技量に。

 アルテミスはきっとソフィアナを睨む。


「わたくし、助けてくれと言った覚えはありませんわ……!」

「そうはいっても、旅の仲間です。アルテミス様、旅とは危険なものなのですよ。仲違いしている場合ではありません」

「……ソフィアナの言う通りです。私も、ごめんなさい。もう少しアルテミス様のことを気遣って歩けばよかったですね。次の街に行くことばかり考えていました」


 ソフィアナの言葉に、ベアトリーチェも頷いた。

 少し──身勝手になっていた。アルテミスに意地悪をしたいわけではなかったのだ。

 課題で不可を取りたくないと考えていたこともあるし、ベアトリーチェが旅慣れしているということもあった。これは元々庶民だったソフィアナもきっと同じだ。


 ずっと箱庭の中にいるような生活をしていたアルテミスは、街道を歩くことさえはじめてだろう。もう少し、優しくするべきだった。


「そもそも、アルテミス様。課題の前にカリヴァン先生の説明がありましたよね? どうしてあの大荷物、そしてこの靴なのですか?」

「それは……私も気になっていました。確かにカリヴァン先生の説明では──」


 ソフィアナはこほんと咳払いをした。

 そして背筋を伸ばして腕を組み、眉間に皺を寄せる。

 

「一年生はじめての校外学習を行う。これは初期魔法の試験も兼ねている。街道をすすみ、二日かけて精霊の洞窟に行く。精霊湖の水を汲み戻るのが課題であり、途中の魔物は討伐対象となる」


 声真似をしながら、ソフィアナが言う。いつも不機嫌そうな眼鏡の担任の淡々とした声に、かなり似ている。


「旅の日程は三泊四日だ。二泊目は、洞窟前で野営を行う。以上……と、言っていましたね」

「……そうだったわね。具体的な荷物や服装の指定はなかったわね」

「常に綺麗な服で、綺麗な靴をはきたいと思うのが乙女心ですわ。いつどこでだれが見ているかわかりませんもの。たとえ寒くても薄着をし、足が痛くてもヒールを履いて踊る。オシャレとは努力と我慢です」

「なるほど」

「なるほどですね」


 胸を張って言うアルテミスに、ベアトリーチェとソフィアナは頷き合う。

 これは説明不足のカリヴァンが悪いのか。それとも乙女心を貫いたアルテミスが悪いのか。


「……魔物だわ」


 ベアトリーチェはぽつりと呟いた。

 ぷるぷるした体に大きな目玉がふたつあるゼリー状の体をした街道スライムが、街道周囲の草むらの中から顔をだした。

 街道スライムは街道によく現れる魔物だ。あまり強くないが、小さな子供や動物を捕食して食べることもある。

 その上、放置すると増殖して一つに塊キング街道スライムに変化することもある。

 こうなると、旅人を襲ったり川に落ちて水をせき止めたりと、被害が甚大になるために定期的に駆除が必要な厄介者だ。


 その街道スライムが、ベアトリーチェたちの元にぴょこぴょこと、数えて五匹跳ねてきていた。



 

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