20 はじめての校外学習ですが、きっと安全です
◇
アルテミスに完全に敵視されてしまったベアトリーチェだが、実を言えばそれよりももっと大変なことがあった。
「お姉様を傷つけるなど、言語道断」
「姉上を役立たずと罵ったと聞きました。その上、姉上の食事中の皿にカエルを落とすなど……!」
「今からアルテミスの部屋に侵入してきます、お姉様」
「今からアルテミスの部屋にある服という服に、ムカデを仕込んできます、姉上」
「それでは甘いわ、ノエル」
「そうだね、ユミル。……殺す?」
「それがいいわ」
「よくないわ、二人とも!」
「暗殺です」
「暗殺しかありません」
「駄目よ。絶対に駄目だからね。アルテミス様に危害を加えたら、一生口をきいてあげないわよ」
「嫌です!」
「嫌です!」
どこからか噂を聞いたのか、殺意を滾らせる双子を宥めるのに、ベアトリーチェは毎日必死である。
二人ともいい子たちに育った。
そして慕ってくれるのは嬉しいのだが、慕ってくれ過ぎているせいで、必要以上にベアトリーチェを傷つけるものに対して攻撃的になる傾向があるのだ。
「ベアトリーチェ様は、ご弟妹に好かれているのですね。私は一人っ子ですから、羨ましいです」
ベアトリーチェの部屋でお茶をしているソフィアナが、ベアトリーチェと双子のやりとりを微笑ましそうに眺めながら口を開いた。
殺す殺さないという押し問答をしていたのにその感想がでるとは、中々心が強い。
「ソフィアナは、誰か婿を娶るのかしら」
「そうしたほうがいいのですけれど、父も母も私の好きにしていいと言ってくれています。父は私のために男爵の爵位を手に入れただけの、田舎のおじさんなので。家をどうしても継がせたいとか、そういう気持ちはないみたいです」
「自由ですね、ソフィアナ様」
「自由です、ソフィアナ様」
双子たちはソフィアナを気に入ったらしく、部屋に遊びにくるとせっせともてなしてくれている。
エルシオンが訪れた時とは雲泥の差である。
二人にとってソフィアナは「お姉様のお友達」であり、エルシオンは「お姉様を奪う敵」なのだそうだ。
「ところでベアトリーチェ様。先生が校外学習について説明していましたね。精霊の洞窟に行くのだとか。私はベアトリーチェ様と一緒がいいです。三人一組のペアをくじ引きで決めるそうですから、今から女神様にお祈りしておかなくては」
「精霊の洞窟なんてところに行くのね……」
精霊の洞窟というのは、王国各地にある精霊たちが住むといわれている場所だ。
王国の各地には土地自体が魔力を持ち、魔素と呼ばれる空気中に含まれる魔力量がとても多い場所がある。
それらが精霊の洞窟と呼ばれていて、精霊の祝福を受けた者はその精霊が司る属性の魔法が開化する──という。これも伝説である。
「精霊なんていません」
「いないのに行くのですか」
不思議そうに双子が言う。
精霊は、実際にはいない。魔力量の多い洞窟でしかないのだが──。
「精霊はいないけど、魔力が溶け込んだ精霊の泉というものが、炎の精霊の洞窟の奥にあるのよ。その泉の水を汲んで持ち帰るのが課題ね。途中に魔物が出るから、それを倒すことも含めて」
ベアトリーチェが説明すると、双子は似通った顔をしかめた。
「危険です」
「危険ですね」
「危険にならないように、先生たちが事前調査をすませてくれているようだけれど。魔物も、弱いものしかいないようだし。初期の魔法訓練という感じね」
「お姉様には魔力がないのに!」
「ないのに!」
双子が声をそろえる。ソフィアナの前だから、秘密を守ってくれているようだ。
とはいえ、ベアトリーチェはソフィアナの前でがっつり魔法を使っている。
そう。カエルを焼いた。食べなければもったいないと思って。
ソフィアナは「ベアトリーチェ様の魔力、秘密なのですよね」と、そのあと二人きりになった時にひっそり囁いてくれた。
察しのいい子だと、ベアトリーチェは感心している。
「大丈夫です、ベアトリーチェ様のことは私が守ります。光魔法には攻撃魔法もありますから。結構強いんですよ、私!」
両手を握りしめて気合を入れてくれるソフィアナに、ベアトリーチェは「ありがとう」と礼を言った。
魔法と武器の使用は許されているので、杖かなにかを持って行けば多少は戦えるだろう。
一年生の最初の課題である。危険なことはおこらないはずだ。多分。
学園に入学してから数週間、いよいよ課外学習の日になった。
厳選なるくじ引きの結果、ベアトリーチェとソフィアナはペアになり、そして──。
「どうしてわたくしが……!?」
アルテミスも、三人ペアの一人になっていた。
どうしてと言われても、くじ引きの結果である。アルテミスは不本意だろうが、仕方ない。
炎の精霊の洞窟は、王都から歩いて二日の場所にある。
途中の街に一泊して、炎の洞窟手前の街まで自力で辿りつくのも課題の一つだった。
「アルテミス様、荷物が多すぎるのでは?」
ソフィアナが尋ねると、アルテミスは小馬鹿にしたように笑った。
「着替えもろもろで、これぐらいになるのが普通ですわ。あなたたちこそ、なんなのです、その手ぶら」
「旅は身軽なほうがいいですし」
「困ったら現地調達が基本ですよ、アルテミス様」
ベアトリーチェもソフィアナに加勢した。荷物が多いとその分移動が遅れる。遠征の基本だ。
「野生児ですわ!」
王都の門の前で、アルテミスが騒いでいる。
彼女は大きなカバンを二つも抱えていた。ベアトリーチェとソフィアナは背中に背負う鞄が一つきり。
ベアトリーチェは杖を持っていて、ソフィアナは狩猟用の弓を手にしている。
アルテミスは武器は持っていない。魔法が得意なのだろう。
「アルテミス様、これは我らがお運びします」
アルテミスの荷物を持った従者たちが気づかうように言う。アルテミスは得意気に胸を反らせた。
「荷物持ちもいませんのね、田舎者と役立たずには」
「アルテミス様、従者は連れていってはいけないのですよ」
「あくまで一人きりです。そういう課題です。カリヴァン先生に怒られますよ。先生、すごく怖いです。アルテミス様、怒られたいですか?」
ソフィアナに指摘されて、強面の担任教師の顔を思い出したのだろう。
アルテミスは青ざめて、ふるふると首を振った。
それから、荷物を持てる分だけ選別しはじめる。
ベアトリーチェは晴れた空を見あげて、ソフィアナは両手を伸ばしてストレッチをはじめた。
アルテミスが「手伝いなさいな!」と怒っている。
二人で顔を見合わせて──やれやれと、彼女を手伝うことにした。
課題の間は共にいるのだから、できることなら仲良くしたいものだ。
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