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18 焼きモリマルガエル


 ソフィアナは急いで残りのクロワッサンを口の中に詰め込んで、ごくんと飲み込んだ。

 食事どころじゃなくなる気配を感じたのだろう。

 

「ずっとお話をしたいと思っておりましたのよ、ベアトリーチェさん。エルシオン様の婚約者でありながら、社交界にも顔を見せない、アリステア家の魔力なしの面汚し」


 ソフィアナが何か言い返そうとするのを、ベアトリーチェは軽く首をふって止めた。 

 どうやらエルシオンは、ベアトリーチェの魔法について周囲に言いふらしていないらしい。

 アルテミスが魔力なしの面汚しだと思っていてくれていることに、内心にんまりする。


「どんな顔かと思っておりましたけれど、エルシオン様にはまったくもって相応しくないお姿をしておりますのね。エルシオン様もあなたなんかを婚約者にしなければならず、不幸なこと……!」


 それはその通りなので、返す言葉もない。

 エルシオンにはアルテミスのような、王妃になるき満々な社交的な爵位も高い女性があっている。

 

「魔力なしの役立たずと、成り上がりの田舎令嬢が仲良く食事だなんて、お似合いですこと!」


 高らかにアルテミスが笑い始め、周りの令嬢もつられたように笑った。

 何事かと、周囲の者たちの視線がベアトリーチェたちに向いている。

 せっかくの食事の時間なのに騒がしくしてしまって、申し訳ない。


 ベアトリーチェは、アルテミスにはあまり腹を立てていなかった。

 彼女程度の罵倒は、ベアトリーチェの子供の頃の虐待や、クリエスタだった時に受けた虐めにくらべたら、子犬が騒いでいるぐらいのものである。可愛らしくさえあった。


「地味な役立たずと、田舎者の分際でさきほどはよくもわたくしに恥をかかせてくれましたわね。お返しですわ」


 アルテミスはどこからともなく扇を取り出して口元を隠すと、令嬢の一人に指示した。

 その令嬢は、両手で抱えられる程度の箱を持っている。

 その箱をベアトリーチェの食べていたオムレツの上で逆さにひっくり返した。

 

 ぼとりと──箱からまるまるとしたカエルが落ちてくる。


 まるで異国の菓子である饅頭のようにまるまる膨れたカエルだ。

 森の中などでよく見かける、その名の通りのモリマルガエルである。 

 ちなみに、食用だ。


「あぁ、お食事が台無しですわね! でも、田舎者はカエルも食べるのかしら? ベアトリーチェさんもカエルを食べたら魔力が得られるかもしれませんわね。古の魔女はカエルやヤモリをよく食べていたといいますし!」


 高笑いをするアルテミスや令嬢たちを、ベアトリーチェは眼鏡の奥から睨みつける。


 ──このカエルは、幻視魔法でつくった偽物のカエルではない。

 本物だ。

 カエルは死にかけている。捕まえるときに痛めつけたのだろう。泥や落ち葉がその体にはくっついていた。


 生き物を粗雑に扱った上、せっかく作ってもらったオムレツをこんな風に汚すなんて──。

 

 クリエスタは孤児だった。食事を得るのはとても大変だった。

 ベアトリーチェも、クリエスタの記憶を思い出すまではろくに食べさせてもらえなかった。


 どれほど小馬鹿にされてもどうとも思わない。

 だが。

 ベアトリーチェは──食事を粗末に扱う人間を、許すことはできない。


「おほほほ……け、ろ……けろけろ……!?」

「ケロケロ!」

「ケロ……ケロケロ、ケロケロ!」


 ベアトリーチェは誰にも聞こえないように小声で詠唱を唱えて──声帯変化の魔法を、アルテミスと令嬢たちにかけた。

 その声帯がカエルのそれに変わり、喉を押さえてケロケロ言い始める。


「リーチェ、揉め事が起こっていると聞いたが無事……けろ……?」


 誰かが呼びに行ってくれたのだろう。

 エルシオンがやや焦りながら走ってきて、訝し気に眉を寄せた。


 令嬢たちが混乱しながらケロケロ言っているのだ。それは、何事かと思うだろう。


「ケロケロ!」

「ふ、ふふ、あはは……っ」


 助けを求めるように、アルテミスがエルシオンに縋りつきながらケロケロ言う。

 エルシオンは呆気にとられた顔をしたあと、堪えきれなくなったように笑い出した。


「あ、あの、殿下……っ、アルテミス様たちが、ベアトリーチェ様にひどいことを言ったのです! それで……っ」

「ケロケロ!」

「そうか。君は確か、ソフィアナだったか。教えてくれて感謝する。リーチェは俺にはあまり相談をしてくれないから。……なるほど、それでアルテミスたちに天罰がくだったのだな」

「ケロケロ、ケロケロ……!」


 アルテミスと令嬢たちは、涙目になりながら悔し気な表情を浮かべる。

 それから、ベアトリーチェにはしたなく指をさすと、何事かを「ケロケロ!」と言って、走り去っていく。


「……このカエル」


 ベアトリーチェは去っていくアルテミスたちに目もくれず、皿の上におかれたカエルを浄化魔法で綺麗にして、風魔法の刃でさくさくっと捌くと、炎魔法でこんがり焼いた。


 香ばしい香りがあたりに漂う。

 それから、ちらりとエルシオンに視線を向けた。

 これは、いい機会である。エルシオンを怯えさせて、嫌われるのもまた、平穏に暮らすための努力の一つ。


「カエルは、魔力回復にとてもいいのよ、ソフィアナ」

「ええ、ベアトリーチェ様。故郷では、モリマルガエルはよく食べました!」

「そう、よく食べたのね……」


 ベアトリーチェが作った焼きガエルも、ソフィアナも食べたそうにしていたので、半分あげた。

 エルシオンはカエルをもぐもぐ食べるベアトリーチェを、空いてる椅子に優雅に座って眺めながら嬉しそうに微笑んでいる。


(どうしてカエルを食べる女を見て喜んでいるのかしら、この方は……)


 ──中々に強敵である。




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