17 お友達とカフェランチ
担任教師の自己紹介や明日からの日程の説明、学園案内などを終えると、時刻は正午をむかえていた。
「ベアトリーチェ様、もうお帰りになるのですか?」
「特に予定はないから、学園寮に戻る予定だけれど……」
「あ、あの、でしたら、私と一緒にお昼ご飯を食べませんか? 学園案内の時に、カフェがありましたでしょう? せっかくなので行ってみたいなと思って……」
「いい考えね、行きましょうか」
ソフィアナに誘われて、ベアトリーチェは彼女と昼食を共にすることにした。
ソフィアナを一人にしたら心配だということもあったし、同性の友人──といっていいのかわからないが、友人から誘われたのははじめてだ。
心が浮足立つのを感じる。
友人とカフェでご飯──なんて。趣味で読んでいる小説の中にしかない世界だと思い込んでいた。
「ご飯、ご飯、今日のご飯~」
「ソフィアナ、そんなにご飯が嬉しいの……?」
「はい! この世の中で、食べること以上の幸福はありません!」
「そうなのね……あぁ、でも、わかる気がするわ……」
食べるものに困っていたクリエスタの記憶が、そして満足な食事を与えられなかったベアトリーチェの幼い日々の記憶が脳裏をよぎる。
校舎の一階にあるカフェテラスに向かうと、すでに何人かの生徒たちが食事をしていた。
ソフィアナは『マルマル鳥のクロワッサンサンド』を、ベアトリーチェは『チーズとトマトオムレツセット』を頼んだ。
食事の乗ったトレイを持ち、中庭に面したオープンテラスに座る。
入学一日目にして色々あったものの──こうして友人とカフェで食事をできるなんて、まさしくベアトリーチェが憧れていた学生生活そのものである。
黄金色の卵の中に、角切りトマトとチーズがたっぷり入っているオムレツを、ベアトリーチェはスプーンですくって口にした。
ふんわりした卵と、とろとろのチーズ、そしてトマトの酸味が口の中に広がる。
「わ~、美味しい! さすがは王都の料理人のお料理は違いますね。王立学園のお食事、すごく楽しみだったんです」
「そんなに感動するほど……?」
「美味しいですよ、ベアトリーチェ様。私の家がある地方は田舎ですから、マルマル鳥の丸焼きや、ルルニアニシンのパイ包みなんかはよく食べたのですけれど、このパン、サクサクふわふわです。ちょっとピリッとしたソースも美味しくて……粒マスタードですね、これ。美味しい!」
「よかったわね、ソフィアナ」
「はい!」
皆に馬鹿にされて笑われていた時のソフィアナはおどおどしていたが、明るくて素朴でいい子だ。
誰だって、あのような目にあったら泣きたくもなるだろう。
「ベアトリーチェ様と出会えてよかったです。両親も、田舎の娘が王立学園に入学することをとても心配していて……」
「あなたの家は、言い方が悪いけれど、お金持ちでしょう?」
「金山で儲かったのは本当です。でも、貴族になるつもりなんてなくて……ただ、私が光魔法を使えたので、王立学園に行かせるべきじゃないかって思ってくれたみたいで……」
「光魔法は貴重だから。それに、高度な光魔法を使えなくては、怪我もろくに癒やすことができないものね。王立学園で学ぶという選択は、よいことだわ」
「私、怪我を治すことは昔から得意で……このまま田舎にいるよりも、王都に出て人の役に立つようにって、両親は考えてくれたみたいです。私もそう思って、ここに来ました」
ソフィアナの両親は、かつてのベアトリーチェの両親よりもずっとしっかりしている。
己の力を人の役に立てたいというソフィアナを、ベアトリーチェは好ましく思う。
ベアトリーチェは全ての属性の魔法が使えるが、魔法というのは個人差がある。
一般的な火や水、風や土の四属性。そこに光と闇という属性があり、光と闇属性が使える者は貴重だ。
小さな傷の再生をできる者は多いが、えぐれた肉や折れた骨の再生ともなると、かなり希少性が高い。
ソフィアナはどんな怪我でも癒やせるらしいと、父は言っていた。
そういう者は、人々に施しを与える場所である、神殿で働くことが多い。
特に優れた光魔法を使えるものは『聖女』と呼ばれたりもする。
だが、魔力がいかに優れていようと──きちんと指導を受けなくては、かつてのユミルやノエルのようになりかねない。
王立学園でしっかりと指導を受けて将来の道を模索するのは、いいことだ。
「あら、こんなところにいましたのね、ソフィアナと、そして──ベアトリーチェさん」
平和な昼食中に、高圧的な声が響く。
ベアトリーチェたちの元へ、とりまきの令嬢たちを引き連れたアルテミスが姿を現した。
「挨拶をするのはこれがはじめてですわね、ベアトリーチェさん。わたくし、ヘスティア公爵家の長女、アルテミスですわ」
「はじめまして、アルテミス様。アリステア家の長女、ベアトリーチェともうします」
ベアトリーチェは恭しく礼をした。
ヘスティア公爵家のほうが、アリステア伯爵家よりも家格がずっと高い。
せっかく友人と二人でおしゃべりをしていたのに──と、ベアトリーチェは儚く散りかけている楽しい時間を思い、内心で深い溜息をついた。
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