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16 ソフィアナ・オルクセン


 あの子は──と、ベアトリーチェは記憶を巡らせる。


(確か、ソフィアナ・オルクセン。優秀な光魔法の使い手で、成り上がりの男爵家の令嬢……だと、お父様が言っていたわね)


 父も母もあまり他の貴族には興味のない人たちであったが、ベアトリーチェが社交を拒否する分「ベアたんに苦労をさせるわけにはいかない!」「ベアトリーチェのためなら、愛想笑いだっていくらでもしますわよ!」という気合の元、社交界に顔を出し情報を集めに集めてくれていた。


 ベアトリーチェが貴族たちの顔と名前を判別することができるのは、両親が絵姿と共に名前と爵位を熱心にベアトリーチェに教え込んだからである。

 今のところ、役立っている。ありがたいことだ。


「オルクセン男爵は、金山を掘り当てたのだとか。たったそれだけで男爵位を手に入れるなんて、爵位も安くなったものですわね」

「まぁ、アルテミス様! 由緒正しい公爵家のアルテミス様とは全く違いましてよ。同じ教室にいるなんて、考えられないことですわ!」


 どうやら──ソフィアナを率先して小馬鹿にしているのは、さきほどエルシオンの腕に絡みついていたアルテミス公爵令嬢のようだ。

 ヘスティア公爵家は確かに立派かもしれないが、アルテミスはたまたまその家に生まれただけだろう。

 爵位で人を判断するなど馬鹿馬鹿しいと思うのだが──クリエスタの周囲の者たちも、そんな人間ばかりだった。


 何年経っても、同じような人間はどこにでもいるものだ。


「……ええと、座る場所、は」


 ソフィアナは困ったようにおどおどと視線をさまよわせる。

 彼女の立場では、とてもアルテミスに言い返すことなどできないだろう。


「あなたのような田舎者に、座る席などありませんわ」

「アルテミス様の視界に入るだけでもおこがましいというのに」

「こんなに遅く教室に来るのが悪いのよ。何をしていたんだか……」


 空いている席はあるのだが、ソフィアナが近づくとその近くの席に座っている者たちが嫌そうに顔をしかめる。

 アルテミスがソフィアナを馬鹿にしたことで、教室全体に彼女を嘲っていいという空気ができあがっていた。

 意地悪く、にやにや笑う者がある。

 興味がなさそうに視線を逸らす者がある。


 ──全く、腹立たしい。


「私の隣、開いているわよ」

 

 ベアトリーチェはソフィアナに声をかけた。

 ──あぁ、目立ってしまう。嫌だわ。黙っていたかったのに。

 と、後悔が胸を過るが、羞恥に頬を紅潮させながら涙目になっているソフィアナを放っておけない。


「ソフィアナさん、こちらにいらしゃい」

「わ、私の名前をご存じなのですか!?」

「こ、声が大きいわよ……知っているわ。光魔法が得意なのでしょう。私のお父様が褒めていたもの」


 ベアトリーチェの父が、王国一の魔導師アリステア伯爵であることは、皆が知っている。

 その父が褒めていたことを伝えると、それを聞いていた同級生たちがざわめいた。


「ありがとうございます……あの、あなたは」

「ベアトリーチェ・アリステア。……あなたとは違う、魔法が使えない落ちこぼれよ」

「ベアトリーチェ様! ありがとうございます……!」


 二人用の長テーブルの、ベアトリーチェの隣の席にソフィアナは座った。

 ものすごくにこにこしながらベアトリーチェに礼を言うソフィアナに、ベアトリーチェは困り顔でため息をつく。


「王都に来たのはこれがはじめてで、王都も学園も私の住んでいた場所よりもずっとずっと大きなものですから、迷ってしまって……」

「そうなのね。……何か困ったことがあれば、頼っていいわ」

「ベアトリーチェ様……私、入学してこんなに親切にしていただいたのは、これがはじめてです」

「……そう。色々大変ね、あなたも」


 ソフィアナと会話をしていると、教室に耳をつんざくような悲鳴があがる。


「きゃあああっ!」

「いやあああっ!」

「気持ち悪い、あっちにいってっ!」


 アルテミスや、彼女の取り巻きたちの頭に──色とりどりの、まるまるとしたカエルがぽこぽこ落ちてきたのだ。

 ベアトリーチェはこっそり魔法を唱えていた。

 カエルが落ちる魔法──ではない。それは、幻視の魔法だ。


 ただ実際に、その動物がその場にいるように感じられる。ぬるっとしてひんやりした手触りも再現しているのは、ベアトリーチェのこだわりの職人技である。


「どういうことなの!?」


 アルテミスが大騒ぎをして、彼女の近くにいる者たちがアルテミスにはりついたカエルを必死に引きはがしている。


「天井が老朽化していたのね、きっと。天井裏にひそんでいたカエルが落ちてきたのでしょう。春だからね」

「ベアトリーチェ様、ありがとうございます……」

「わ、私は何もしていないわよ……?」


 ソフィアナになんともいえない視線を向けられて、ベアトリーチェは誤魔化した。

 ソフィアナはまるで、双子たちがベアトリーチェに向けるようなきらきらした視線を、ベアトリーチェに向け続けていた。


「騒がしいな、なにをはしゃいでいる? アルテミス、もう授業のはじまる時間だ。浮かれるのも大概にしろ」


 ややって、アルテミスたちがきゃあきゃあ言い続けている中、担任教師が入ってくる。

 三十手前ほどに見える、不機嫌そうな顔をした男性教師である。

 ベアトリーチェは幻視の魔法をといた。カエルたちが一斉にいなくなる。アルテミスは顔を真っ赤にしながら、担任教師に怒鳴った。


「先生、浮かれてなどおりませんわ! 今、カエルが……! 誰かがわたくしたちに嫌がらせをしましたの!」

「カエルなどどこにもいない。嫌がらせ? 夢でも見たのではないか」

「魔法で、カエルを……!」

「カエルを出す魔法など聞いたことがないな。さっさと座れ。入学初日から恥ずかしい」


 恥をかかされたアルテミスは、きつくベアトリーチェとソフィアナを睨んだ。

 けれどベアトリーチェは気づかないふりをしていたし、ソフィアナはにこにこしながら、ベアトリーチェを見つめつづけていた。




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