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15 他人を馬鹿にして笑うことは最低な行いです


 入学式の式典が終わり、教室に移動しようとしていたベアトリーチェの元にジェリドがやってくる。


「ベアト、会いたかった」

「……ジェリド殿下」

「そんなに他人行儀な呼びかたはやめてくれ。私のことは、ジェリドと」

「ジェリド殿下は二年生です。私の教室はこちら、ジェリド殿下はあちら」


 両手を広げて抱きしめようとしてくるジェリドを、ベアトリーチェはささっと避けた。

 

「つれないな、ベアト。そこがまたいい。私はあなたを妃に迎えるためにこの学園に来たわけだが」

「異文化交流と言っていましたよね、殿下」

「異種族のあなたを妻に迎えることで、獣王国と王国は硬い絆で結ばれるだろう。嘘はついていない」


 親しげに話しかけてくるジェリドのせいで、他の生徒たちからの視線が痛い。

 なんとか逃げようと周囲を見渡すと──エルシオンが女生徒に取り囲まれているのを見つけた。


(エルシオン様、さすがに大人気ね……)


 そうなのだろうとは思っていたが、ベアトリーチェは今まで貴族の集まりなどを体調不良をいいわけにして避けていたので、実際にエルシオンが貴族女性たちに大人気な姿を見るのははじめてだ。

 感心するベアトリーチェの耳に、ひときわ大きな声が飛び込んでくる。


「エルシオン様、わたくし、今年からエルシオン様とご一緒に学園に通えましてよ。とても嬉しく思いますわ。お勉強などわからないときはどうか、教えてくださいましね」


 妙に煌びやかで、美しい顔立ちの女生徒である。

 豪華な金髪に、零れ落ちそうな青い瞳。やや気の強そうな美女だ。


(アルテミス・ヘスティア様だったわね、確か)


 貴族のことは頭の中に入っている。ベアトリーチェは王妃にはなりたくないものの、念のため王妃教育は受けているのだ。


 出しゃばらず、出来なさすぎもせず──というのが目立たないための処世術である。

 何も知らないとかえって目立ってしまうし、注目を浴びるのもいけない。なかなかどうして、匙加減が難しいものである。


「リーチェ! 入学おめでとう。髪型を変えたのか。眼鏡も、よく似合っている。可愛い」


 女生徒達の包囲網を抜けて、エルシオンがやってくる。

 せっかくの地味な髪型や眼鏡を褒めてくるので、ベアトリーチェは先程の入学式でのこともあり、エルシオンを密やかに睨んだ。


「……エルシオン様と話したい方々がたくさんいらっしゃいますよ。私のことはどうか、お構いなく」

「そうだぞ、エルシオン殿下。……いや、今日から学友になるのだから、エルシオンと呼ぼうか。ベアトのことは私に任せてくれ」

「ジェリド、リーチェは俺の婚約者だが……?」


 二人とも笑顔だが、空気が悪い。

 王太子同士仲よくして欲しい。できれば、私抜きで──と思いながら、ベアトリーチェは二人から逃げるように教室に向かった。

 

 一年生の教室は、四つのクラスに別れている。

 各クラスは、星獣の名を冠しており『炎鳥(フェニス・クラセス)』『雷虎(ガルルム・クラセス)』『氷龍(リドラク・クラセス)』『地亀(ロクタル・クラセス)』という名がつけられている。


 この星獣たち。古の時代に空から王国に落ちて国を造ったといわれている女神ニニアンが連れていたという神秘の存在だ。

 王国各地を守護しているとニニアン女神教の教典には書かれており、民はそれを信じている。

 実際は守護しているわけではなく、人語を理解する力の強い不死の獣というだけなのだが。

 クリエスタは彼らに好かれており、昔は彼らと友人だった。


 処刑をされる直前、クリエスタは怒る彼らが王国を滅ぼそうとするのを鎮めた。

 そんなことをしてはいけない、眠りなさいと言って。


 ──今は、どこにいるのだろう。その名を聞いたのも久々で、とても懐かしく感じる。


 ベアトリーチェのクラスは『炎鳥』だった。

 各クラスの割り振りにはとくに決まりはない。

 選ばれたクラスで二年間を過ごし、各クラスと切磋琢磨をするというのが学園の基本方針だ。


 ちなみに、エルシオンは『炎鳥』ジェリドは『雷虎』である。

 この二年の目標は、『目立たない』こと。

 出来れば恋をしてみたいと考えていたこともあったが、現状ではそればきっと難しい。

 友人も欲しいなという気持ちはあるものの──。

 

 ベアトリーチェがエルシオンの婚約者であることは周知の事実。

 その上ジェリドにまであのような態度をとられているところを、皆に見られてしまった。

 突き刺さる視線の痛さに耐えつつ、ベアトリーチェは教室の自由席の、あいていた窓際の端に座った。


 窓の外、青空に浮かぶ雲を眺める。ぽかぽかと、いい天気だ。

 窓際には光が降り注ぎ、座り心地のいい椅子のせいで、長机につっぷして眠りたくなってしまう。

 

 さすがにそれはできないので、教科書などを整理しつつ、持参してきた小説を読むことにした。

 日々趣味の魔道具作りに明け暮れているベアトリーチェだが、最近趣味が一つできた。


 それは、恋愛小説である。

 特に波風の立たない平和な恋愛小説をベアトリーチェは好んだ。

 若者たちの織り成す青春の輝きに胸をときめかせていると──鐘が鳴る。


 そろそろ授業がはじまる。今日は学校の説明ぐらいで、昼前には寮に帰宅できる予定だ。

 ベアトリーチェは読んでいた本を閉じてしまった。

 扉が開く。担任教師がやってきたのかと思ったのだが、女生徒が慌てて駆け込んでくる。


「間に合った、よかった……!」


 焦りの表情を浮かべて教室の中に入ってきたのは、ふわふわした桃色の髪に大きな青い瞳の、ややおっとりとした顔立ちをした可愛らしい女生徒である。


「騒がしいですわね。さすがは田舎男爵の娘、粗暴で土臭くて見ていて嫌になりますわ」


 教室の席に座っている女生徒の誰かが、冷たく言い放った。

 その声に呼応するように、いやらしい笑い声がおきる。

 ベアトリーチェは、眉間に皺を寄せた。





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