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14 学園生活



 それは──雪山である。

 空を貫くような切り立った山岳がいくつも連なり、白い雪と氷は侵入者を拒んでいるようにさえ見える。


「姉様、寒いです」

「姉上寒いですね」


 ベアトリーチェにぴたりとくっついて、双子が言う。

 空から山を見下ろしているベアトリーチェは、双子と自分に空中浮遊の魔法と、温度調節の魔法をかけていた。 


「寒いかしら……魔法がきいていない?」

「気持ち的に寒いのです」

「お姉様にくっついているとあたたかいのです」

「そう。それならいいけれど……。みつからないわね、魔導師の塔。やはりただの噂? それとも、他の場所に入り口があるのかしら」


 麓の村での聞き込みも、『魔の山』と呼ばれている魔導師の塔があるという噂の山岳調査も、何一つ成果がなかった。かなりの時間を費やして探し回ったのだが──全て空振りに終わった。


「ただの噂だったのかもしれません。研究所があるとしたら、魔導師のことを見たという人がいてもおかしくないのです。ねぇ、ノエル」

「けれど、一人もいませんでした。きっとただの伝説です。だってこれだけ探してみつからないのですから。そうだね、ユミル」

「……そうね。とりあえず、帰りましょうか。もう少し手がかりを探すしかないわね」


 魔物化の手がかりは、一旦途切れてしまった。

 魔導師の塔が巧妙に隠されているとしても、空からみおろせば見つかるはずだと思ったのだが、それは切り立ったただの山でしかない。


(せっかく、魔導師の塔に突入する決意をしたのに……)


 目立ちたくないなりに、やる気をだしたというのに。

 ベアトリーチェは調査に向かうときにどうしても一緒に来ると言い張った双子を連れて、王都に戻った。

 空中浮遊魔法で長距離を移動すると魔力の消費が激しいため、行きも帰りも伯爵家の馬車だ。

 馬車の旅は嫌いではないが、いかんせんのんびりしすぎているなと感じる。

 なんの成果もなかったが、遠出ができて双子が楽しそうだったので、まぁいいかと自分を納得させた。


 『魔の山』は五百年前にもあった。

 けれどそれはただの山である。魔物はおおくいたものの、人里から離れているためにあまり問題にはならなかった。研究施設がもし本当にあるとしたら、それができたのはクリエスタの死後だろう。

 火のないところに煙は立たないというし、何かあるのかもしれない。

 けれど今のところ、それがなにかは判然としないままだった。

 

 もうすぐ──王立学園に入学する時期である。

 ベアトリーチェは馬車の窓から景色を見ながら考える。草原には花が咲き、楽しげに蝶が飛んでいる。

 エルシオンと出会ってから一年と半年。季節は春を迎えようとしていた。


 ベアトリーチェは十七歳になっていた。

 両親と双子によるサプライズパーティーで、大量のご馳走とプレゼントを贈られた。エルシオンからも花束と首飾りが届き『最愛のリーチェへ』という手紙も添えられていて、どうしようもない気恥ずかしさを味わった。

 王立学園に二年間通い、卒業したらエルシオンとの結婚。

 それが今のところのベアトリーチェの人生の道筋である。

 

(エルシオン様が私を処刑するとは思えないけれど……でも、国王陛下が私を処刑するなんて思っていなかったものね……)


 有能なクリエスタを、国王陛下は重宝がった。クリエスタを筆頭魔導師の地位につかせたのは国王だった。

 魔物をクリエスタが召喚していたという、あらぬ噂をたてられるまで──国王陛下はクリエスタに優しかった。

 彼はクリエスタの父親であり、尊敬し敬愛する対象であり、ともすればその感情は思慕にも似ていた。


(馬鹿だったわ、私……あの時はまだ十八歳。国王陛下は四十歳で、既婚者で、子供だって二人もいて……)


 思い出すと、非常にいたたまれない気持ちになる。

 同じ間違いは犯したくない。──今まで魔法を使ってしまったのは不可抗力だった。

 だが、王立学園には貴族の子供たちがたくさん集まる。

 それは、クリエスタが王城で働き始めた時と状況が似ている。

 ──これからはより一層気合を入れて、できる限り目立たないようにしないといけない。


 王立学園は王都の一区画にある。小さな街ぐらいに大きな敷地に、学園と学園寮、式典会場や訓練所など、様々な施設が併設されている場所だ。


 学園に通うのは十七歳からの貴族の子供たちや、有能な庶民や有力者の子供たち。

 学園内では身分差はないとされ、身分差を感じさせないために同じ制服を着て、寮生活を送る。


 ベアトリーチェも両親に心配をされながら、入学式の前日に入寮をした。

 本来ならば侍女を引き連れてくるはずだが、双子たちが「お姉様のお世話は私たちの仕事です」「姉上の心身の健康は僕たちが守ります」と熱心に言うので、侍女も両親もベアトリーチェも折れた。

 確かにただの侍女よりも魔導に優れた双子たちのほうが、ベアトリーチェの身の安全も守れるだろうという判断だったが──その点に関しては、自分一人で問題ないとベアトリーチェは考えている。


 広い寮の部屋に、魔力で作りあげた異空間に物体をしまい込む空間魔法を使い、ベアトリーチェは魔道具用の作業机や素材などを持ち込んだ。

 双子たちも十五歳。美しい見た目の少年少女が、フリルの多い古風なメイド服を着てベアトリーチェに付き従っている様は、妙に目立った。

 ベアトリーチェは極力目立たないように前髪をのばして、眼鏡をかけるという工夫をしているのだが──。


「すごく、無駄だと思いますお姉様」

「姉上の魅力が、その程度の変装で隠せるとは思いません」

「努力は大事よ……それに、魅力なんてないわ、私には。顔立ちも普通だし、髪も黒くて地味でしょう?」

「魅力とは、身の内から溢れ出すものです、お姉様!」

「姉上はお顔立ちもすごくお綺麗ですよ!」


 むむむ……と、ベアトリーチェは黙り込んだ。

 何を言っても褒めてくれるのだ、この双子は。

 かつてベアトリーチェを虐めに虐めていたとは思えないぐらいに、素直でいい子たちに育ってくれた。


 同じく入寮した貴族子女たちに遠巻きに見られているのを感じながら、ベアトリーチェは真新しい制服に身を包んで、入学式を迎えたのだった。


 式典用の講堂に集まり、学園長の挨拶を聞いた後、編入生の紹介となった。

 大人しく皆と並んでいたベアトリーチェに、壇上にあがってきた男子生徒が嬉しそうに手を振った。


「隣国から編入してきた、ジェリド・ガルグレイズだ。種族間の交流をするため、見識を広げるために皆と共に学びたいと思う。よろしく」


 立派な体躯に、耳に尻尾。精悍な顔立ちのジェリドの姿に、女生徒たちが色めき立つ。

 そしてジェリドが合図を送っているベアトリーチェに視線を向けてくるので、ベアトリーチェは小さくなって、何も気づいていないふりをした。


 ジェリドがさがると、生徒代表としてエルシオンが皆の前に立つ。


「皆の入学を、歓迎する。困ったことがあれば、俺たちを頼るといい。ここでの生活が、皆の人生に彩を与えることを願おう」


 そして──と、エルシオンは続ける。

 

「ベアトリーチェ、君と学園生活を送ることができる日を、心待ちにしていた。とても嬉しいよ」

「……っ」


 花が咲いたように美しく優しく微笑むエルシオンの姿に、女生徒たちは感嘆のため息をついた。

 ベアトリーチェだけは、眼鏡の奥から恨みがましくエルシオンを睨んでいた。


 こんなところで、個人名を呼ばないでほしい。

 せっかく、目立たないようにしていたのに──。



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