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12 ジェリド・ガルグレイズとつがい


 ジェリドはローブを羽織り、額に手を当てると首を振った。


「私は、どうしてここに……一体何が起こったのか」

「覚えていないのか、ジェリド殿下。ここはグラウアルク王国。君は、魔物の姿にされていた」

「いや……外遊中に、馬車が魔物に襲われたところまでは覚えている。けれど、そのあとのことは……」


 どうして王族ばかりに縁があるのかしらと思いながらも、ベアトリーチェはジェリドの顔を覗き込んだ。

 

「本当に何も覚えていませんか? 魔物化すると、記憶がなくなるのでしょうか……」

「あなたは……」

「彼女は俺の婚約者の、ベアトリーチェ・アリステアだ。……君を、魔物から元の姿に戻した」


 ジェリドの耳が、ぴんと尖る。

 頬が紅潮し、瞳が潤む。尻尾がぱたぱたと揺れ動いた。


「ベアトリーチェ、あなたが私を救ってくれたのか。あぁ、確かに……微かに記憶がある。あなたの皮膚を、私は食いちぎった。けれどあなたは、それでも私を救おうと……」

「い、いえ、違います、それは私ではなくエルシオン殿下です」

「あなただ、ベアトリーチェ」

「違います」

「……そうだな、違う。リーチェは君を救ってなどいない。そういうことにしておいたほうがいい気がしてきた」


 エルシオンが優しい笑みを浮かべて言う。

 ジェリドがあまりにも熱心に視線を送ってくるので、ベアトリーチェはエルシオンの背後にそそくさと隠れた。できることなら顔を覚えられたくない。存在を忘れて欲しい。


「ジェリド殿下、何かほかに思い出せないか? 魔物に襲われて、どうなった? 誰かが君を、魔物にしたのか?」


 ベアトリーチェの代わりに、エルシオンが尋ねる。


「……魔物になると黒い霧のようなものを生み出せる。そこから魔物が生まれる。魔物を生み出して、身を守らなくてはと考えていた気がする。それ以外のことは……情けないことに、ろくに覚えていないんだ」

「魔物が魔物を生み出す……」


 ベアトリーチェは口元に手を当てた。

 確かにサイアリーズの洗脳蟲は、エルシオンが倒しても、後から後から現れているようだった。

 ──あれは、サイアリーズが魔物を生み出していたからだったのか。


「あぁ。気づいたらここにいて、魔物たちが集まってきたことと、それから、自ら生み出したこと。それ以外には……あぁ、そうだ、誰かに……」


 ジェリドはきつく眉を寄せて、苦し気に息をつく。

 それから絞り出すような声で


「失敗作と、言われたような気がする」


 と言った。

 ベアトリーチェはエルシオンとそっと目配せをした。

 もしかしたら、いや、もしかしなくてもそこには、人為的な力が働いているような気がしてならない。

 やはり魔導師の塔かと、ベアトリーチェは心の中で呟いた。


「教えてくださってありがとうございます、ジェリド殿下」


 ベアトリーチェは礼を言う。彼の情報はありがたい。サイアリーズではなく、他にも魔物化をされている者がいた。

 サイアリーズはおそらく自ら進んで。

 ジェリドは、完全なる被害者として。


「あまり、役に立てそうにない。すまない。……それに、このような姿を見せてしまうとは」


 ジェリドは気恥ずかしそうに、ローブで体を隠す。 

 ベアトリーチェはジェリドからできるだけ視線を外した。


「こんな時ですから、お気になさらないでください」

「ジェリド殿下、君のことは俺が責任をもってガルグレイズ王国に送り届けよう。無事でなによりだった」

「……助けてくれて、感謝する。ありがとう、二人とも」


 ジェリドは深々と礼をした。

 魔物化の影響なのか、ジェリドは立ちあがり歩くことが難しい様子だった。

 エルシオンが助けを呼びに行っている間、ベアトリーチェはジェリドの傍でエルシオンの帰りを待った。


「エルシオン殿下は、私のことを魔物だと判断して殺そうとしただろう。私も、それは正しいと思う。だが、どうしてあなたは自らを犠牲にしてまで私を助けてくれたんだ?」

「……私は自分を犠牲になんてしていませんし、あなたを助けてもいません。気のせいです。エルシオン様が助けてくださったのですよ」

「……なんて謙虚な人だ、ベアト」

「何かの勘違いです、ジェリド殿下」

「ジェリドと呼んでくれないか? もしかしたら、君は私の、つがいなのでは……」

「違います、違いますよ!?」


 獣人とは、耳と尻尾があり獣の姿に変化できる種族である。

 彼らにはつがいと呼ばれる、運命の相手が存在しているが、ベアトリーチェはジェリドのつがいではない。断じてない。


 そもそも、ベアトと呼ぶのは少々距離が近すぎるのではないだろうか。

 元々、心を許した相手には非常に人懐っこい方々だと聞いたことはあったものの──それにしても、つがい認定されるのは困る。とても、困る。


 エルシオンとの婚約だって不本意なのに、ジェリドにまで構われたくはない。

 ジェリドのことを詳しく知っているわけでもないし──と、困るベアトリーチェの隣にいたジェリドが、ぐらりと倒れる。

 ベアトリーチェは慌てて彼を支えた。

 もしかしたらかなり無理をしていたのかもしれない。


 ジェリドは気絶をするように、眠りについていた。


「……大変な目に、あいましたね」


 ベアトリーチェはジェリドの頭を膝に乗せると、労わるようにその髪を撫でた。 

 

 ひどい目にあったのだ。エルシオンが戻るまで、膝ぐらいは貸してあげよう。


 はじめて触った獣人族の耳は、もふもふでふわふわだった。


 




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